地元の友達のお母さんのお通夜に行ってきました。

絵の先生をされていて、ちぃもお世話になった方でした。

ご本人の希望もあって病気のことは誰にも話していなかったようで。

参列された多くの方が、どうして急に、と驚かれていたようでした。

友達もそんなお母さんの意志を汲んで、病気のことは隠してた。

職場に入院されていたので、救急に走る友達の姿を見掛けたり

相談しにきたのを取り次いだりして、

なんとなくは状況はわかっていたんだけど。

ちぃちゃんにはきちんと話さないとね、と言ってくれて

今週末ひさしぶりにご飯に行く約束をした矢先の出来事でした。

いつでも背筋をぴんと伸ばして病室に向かう友達は、

辛かっただろうに、そんなの微塵もみせなくて。

一人娘で、おばぁちゃんの介護もあって、その苦労は計り知れないものがあったはずなのに。

お母さんが亡くなったその日も、真っ直ぐ前を見据えて退院の準備をしてた。

そんな弱さを見せようとしないところが、こっちがしんどくなるほどだけど

あの子らしいよなぁと思わせた。

お母さんとは中学を卒業してからは会っていなかったけれど、

遺影のなかの笑顔は記憶に残っているものと同じで。

斎場の片隅には作品や使い込まれた筆、パレットが飾られていました。

医師に限界だと言われるまで、絵を教えることをやめなかったそうです。

病を宣告されてからも、絶対に治るんだと信じて、出来ることは全て試みたけれど

どうしても打ち勝つことができなくて。

ご本人も旦那さんも医師も、これ以上の延命はやめようという方針になったとき

友達だけが、あともう少しいっしょに居たいと望んで、説得して、

お母さんもそれに応えて最期の最期まで戦ったそうです。

今日も友達はやっぱり凜としていて、涙もみせなくて。

そんな友達を見ているこっちのほうが大泣きで。

お通夜がひととおり終わったあと、みんなで囲んで泣かせて帰ってきました。

先生、保育園から小学校高学年まで、絵を教えてくださってありがとうございました。

自分の気持ちを表すのが今よりもっと苦手だったあの頃、

「いまの気持ちを絵にしてみなさい」という課題に物凄く苦労して。

それまで大抵のことはなんとなーくこなせていたのに、手が全く動かなくて。

みんなと差を付けられるのがいやで適当に書き殴ったことがありました。

抽象的なものだからべつにばれやしないだろうと思ってた。

そうしたら先生、すかさずそれに気がついて。

「いま楽しくないでしょう。絵に出るんだよ。」

と言われたことを今でも覚えています。

それは絵に限らず他のことにも当てはまるんだと解釈しています。

そしてこれからも、なにかを創るときにはきっと、先生の言葉を思い出します。

厳しい病との長い戦い、お疲れ様でした。