先日、昔の知り合いが訪ねてきた。
今年に入り、母を亡くし、父を亡くした。
その訃報を聞いて、「大丈夫ですか?」と心配してきてくれたのだ。
どのくらい会っていなかったんだろう。
もう20年以上になるね。
懐かしい話をしながら、最終的に辿り着いたのは宗教のお話だった。
「信じられている宗派があって、
そのお経を唱えると、お父様もお母様も成仏できるし、
この壊れそうな世界を良い方向へ導くことができるんだよ」
信じるものは、救われるっていうことか。
私は、特に信心している宗教はない。
クリスマスには讃歌を歌い、
お寺の宗派が違う両親や妹の法要で行くたび、各々違うお経を唱えている。
年末は除夜の鐘を聴き、初詣は神社へ参る。
なんだか、都合がいい人間だ。
患者さんたちを見送りながら思う。
たくさんの方を看取り続けて感じるのは、
宗教を信心している方は死を恐れず、
家族も死を受け入れて、
天へ召される時を穏やかに過ごしているような気がするということだ。
「信じるものは、救われる」 ――もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。
一般的には、「死」は怖い。
あの世がどんなところなのかわからないからだ。
ドラマ『ブラッシュアップライフ』を見た。
死んだ瞬間にあの世の受付があり、
息つく暇もなく来世を告げられる。
そっか〜、魂というのは何度も何度も生まれ変わるんだね。
そして生まれ変わりながら魂を磨く。
まさしく輪廻転生だ。
たまにいるよね。
「こんなに若いのに、もう人間ができているよね」という人。
そういう人に出会うと、
「今回は、人生何度目?」と聞いてみたくなってしまう。
じゃあ、私は何度目なんだろう?
まだまだ修行が足りないな。
人生を振り返ると、穴を掘って隠れてしまいたいことばかりだ。
あとどのくらい生きる時間が残っているかはわからないけれど、
学んだ糧を無駄にしないように生きていきたいな。
