今日は9月11日。

9・11。

振り返ること半年前。

東日本大震災。
原発事故の引き金。

今日のテレビはどこもかしこもこの話題だ。

震災の怖さ、
失ったものの大きさ、
忘れてはいけない大切さ。

そしてあまり表になっていない現状。

それに伴い原発事故の発生経緯を辿り、何が問題なのかを問う。

確かにどれも重要なのだが…

正直、誰が悪いかを責める内容になっていると違和感を感じる。

情報隠蔽を訴える声も少なくない。

情報公開とは何を意味するのか。

情報は時に混乱を引き起こす。

場合によっては公開しないほうがいいこともあるが、
果してあの状況で公開したほうが良かったのだろうか。

私はそこに疑問を感じるのだ。

怒りの矛先を向けたくなるのはわかる。

実際、悪いことはたくさんあるだろう。

原発に至ってはほぼ人災としか考えられない。

この根本的問題は、自然を甘く見ていた事であろう。

実際に想像を超える地震や津波は発生しないだろう

なぜそう考えたのか、不思議でならない。

また発生時の対応をしっかりと準備しておくことも必要なのは当然である。


今回は国も東電も全体的な準備が足りなかった。

最悪に最悪が重なり、このような事態になっているのだろう。

これからの未来、どうなるかもわからない。

福島も、原発も。

ただ今からやれることは、
原発の真実をみんなで理解すること、
そして現状の解決に全力を尽くすこと、
さらに原発の未来をプラス要素、マイナス要素を考えながら日本にとってより良い方向へ進めることだろう。

過ぎたこと、
後悔してもきりがない。

次に繋げる力に、
前を向いて歩いて行こう。


因みに9・11。

10年前、米国。
同時多発テロが発生した。

あれから10年。
早いものだ。

テレビでは9・11、3・11と並べ話を続ける。

何なんじゃ。
11日は不吉日とでも言いたいのか。

偶然だ、こんな一致。

イチイチ横一線に並べるな。

意味合いが全然違うんだからなビックリマーク