それでも(元)名古屋嬢。 -278ページ目

最初で最後の帰宅

・夜中に眠れず、朝4時に継母を電話で呼びつける

・食事を摂った後に、食事はまだか?と毎回訊ねる
・トイレに行く、と言って部屋を抜け出し、病棟から出て行く寸前で取り押さえた
 (ずっと、緩和病棟の外に出る事を嫌がっていた)


全て、弱ってからの父の奇行言動。
いわゆる、肝性脳症というもの。

肺がんが転移することはなかったけれど
他の臓器がどんどん弱ってきた。

肝臓の後は、腎臓・・・
自分の足でトイレに行くけれど、夜中でも2時間に一度。
しかも量が多く、なかなか戻ってこない。
どんどん頻度が高くなって、30分に一度になった時も・・・。

鶏がらみたいな、シワシワの足になってしまってたけど
浮腫んで、シワが伸びてキレイな足になった。
薄く黄色く、触ると「水を入れたビニール袋」のような感じ。

そして、緊急入院から2ヶ月半経って、初めて「どうしても家に帰りたい」と
言ったので、その日のうちに車で連れ帰った。

留守番をしている4匹の飼い猫に触れ、美味しいラーメン屋で
半人前程度食べて、2時間位で病院に戻った。
戻る前から「立っているのがしんどい」と言い出し、戻ってすぐにオプソを。

この辺りからオプソを服用する事が多くなっていた。

ラーメン店では「食事が喉を通り難くなってきた」と言っていた。

少しずつ、確実に終わりが見えてきた、と思ってたら
祖母(父とは血が繋がっていない)が亡くなった、という連絡が入った。





病状が進んで

この頃から、手足に妙な痣が増えた。

一つ一つは小さいけれど、ぶつけてできた訳では無さそう。

本人に聞いても「知らない」と。


この頃に追加された薬は、肝機能・・・

高アンモニア血症じゃない?


姉や継母が認識できないくらい薄い黄疸が出ていると思っていたけど

本当だったか・・・

(白目部分は青っぽい灰色のまま←貧血状態)


この頃、姉と継母が主治医に話を聞きに行き

あと一ヶ月はもたないでしょう、と言われた。


まだ食べれているし、自分の足でトイレに行ってるし

信じられない!と嘆いていたが

お迎えがきてるし仕方が無い、と妙に覚めているような自分がいた。

母だけじゃないもんね・・・







麻薬系鎮痛剤

9月に入ってから、目に見えて弱り始めた。

幻聴、幻覚、会話が成り立たない、夜間不眠・・・


腫瘍熱か、連日、夕方から翌朝にかけて38度台の発熱が続いた。

また、腹痛が出たり、足が浮腫んだり・・・

それでも食欲が全く無くなる事はなかった。


日中でも、父の顔色がとんでもなく悪かったりするのに、

誰も気付いていないのか?と思う事が多々あった。


継母は「今日は調子良いみたい」と言うし
姉は「食べれてるから、いいのでは?」と。


でも、昼間、寝ている時の顔は、生きている人間に見えない。

食欲がそれなりにあっても、おかしいのでは?と思う事は多々あったけど

何故か、主治医と会う機会が殆ど無く、確認できなかった。

継母の言う事はあやふやで的を得ていないので

看護士さんに、投与されている薬を聞き出した。


ジゴキシン
タケプロンOD
ラキソベロン
マグラックス
アドナ
トランサミン
ロキソニン
リンデロン
MSコンチン
デュロテップパッチ

 ※点滴はなし

ネットで調べたけど、大方の予想通りだった。

本人も継母も「モルヒネは絶対に嫌、と伝えてる!」と言ってたけど・・・
とりあえず、本人達には黙っておこうと思った。
9月後半になって、食べる量が半人前くらいになってきた上に
手が震えたり、食器を持ったまま居眠ったり(←子供ですか、とツッコめる程度)
幻覚等、せん妄が進んだ。
熱は出たり、出なかったり・・・

それでも、自分の足で、トイレに行っていた。

緩和病棟で体重を量ったら39kgしかなくて
その時よりも明らかに痩せ衰えていて、トイレに行くにも
歩行器がなければ、危なっかしくて見ていられない状態だった。
一番元気だった頃は65kgくらいあったのに・・・