ハレルヤラブラブ


アドベントおめでとうございます🎄✨


1年で一番街々が華やぐとき。

クリスマスを待ち望む、心躍るときです。


1年で一番イエスさまが注目されるときでもあるでしょうか。


イエスさまは、私たち人間の持つ罪をあがなうために、約2000年前のクリスマスに地上に生まれてくださいました。



罪…

耳に痛いことばです。


昨日の教会学校のミーティングの中で、この罪についての学びがありました。


子どもたちに罪のことを教えるためには、私たちが正直に自分の罪を話すこと、そんな自分をゆるしてくださるために、イエスさまが十字架にかかってくださったことを伝える必要があるとのことでした。


そこで、1人ずつ自分が陥りやすい罪を分かち合いました。


自己中心、人によく見せようとする、高慢、自分の本当の思いを隠そうとしてしまう…など、率直に話されていました。


私は最後の方だったので、皆さんがおっしゃったことすべて自分に当てはまりますと答えました。それに加えて、神さまに頼ることを忘れて、自分の力でどうにかしようと悩んでしまうこと、自分の領域でないことまで抱え込んでしまうこと…と話しました。



ちょうど、今日の礼拝メッセージは

「罪人を招くため」というタイトルでした。


イエスさまが、公生涯と言われる3年半の間に、ご自身が救い主であることを示すために、人々にさまざまなお話をされ、数々の奇跡をなさっていました。


あるとき、イエスさまは取税人や罪人たちと食事をしていました。

取税人とは、当時人々から蔑まれていた職業でした。


その人たちと食事をしているのを見た宗教指導者たちは、なぜそのような人たちと食事をするのか、とイエスさまに詰め寄ります。


イエスさまは答えます。

「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。(マルコの福音書2:17)」


イエスさまは、自分の力ではどうにも罪から抜け出せない人を救い出すために、来てくださったのです。


そして、「わたしについて来なさい」とおっしゃいました。




聖書が教える「罪」とは、神さまから離れて生きることを言います。神さまなんていらない、自分の力で何とかしようとすることです。


神さまのいないところで生きていると、どうしても罪にまみれてしまうと実感しています。


私も本当の神さまを知らずに、ずっとそうやって生きてきました。


でも、それは本当に本当にしんどかったのです。


イエスさまは、罪人である私のことも、そのままで救い出してくださいました。


救われることに条件はありません。

ただ、イエスさまを救い主として信じてついていくだけで良かったのです。


イエスさまの一方的な恵みによって救われた私は、

ずいぶんと生きるのが楽になりました。



まだまだ、罪の性質はしつこく残っていますが、それでも変わらずに助けてくださり、幸いな道へと導いてくださっている神さまに心から感謝しますおねがい


今日も読んでくださり、ありがとうございました☺️✨


アドベントのこのとき、皆さまにイエスさまの祝福が豊かに注がれますように✨




─Praise the Lord─