ハンギョレ新聞 2011年9月15日 29面
「なぜならば」ハンギョレ紙市民社会討論空間
誰が「慰安婦ハルモニの絵本」日本発刊を妨げるのか
-キム・ジャンソン「韓日中共同企画平和絵本」企画委員
『花(꽃コッ)ハルモニ』という絵本がある。去年、日本政府からの謝罪を最後まで受けられず亡くなった日本軍「従軍」慰安婦被害者シム・ダルヨンさんの胸痛いお話ともう二度とこのようなことが起きないように後の世代への切実な願いが込められた絵本である。私はその絵本の編集者である。
『花ハルモニ』は不幸な近現代史を共有する韓国、日本、中国の三つの国の絵本作家たちと出版社たちが集まり、「過去を誠実に記録し、現在の痛みを共有し平和な未来のためにつながろう」という誓いとともに子どもたちに平和のメッセージを伝えようと企画した「韓・日・中 共同企画絵本」シリーズのなかの一冊である。それぞれの国4名ずつ12名の絵本作家が絵本を一冊書き下ろし、全12巻の絵本をつくることを計画した「平和絵本」シリーズは韓・日・中3国で同じように出版することを約束した。
しかし韓国で去年6月に出版し中国での出版も目前である『花ハルモニ』が、日本では出版できずにいる。慰安婦問題を認めない日本国内の勢力の反発と脅迫を憂慮する日本の出版社が大げさなほど慎重な態度をみせているからだ。だが、だからこそ『花ハルモニ』はかならず日本で出版されるべき本であり、日本側の出版社もその点を同意してくれて、出版のための作業をじっくり準備している。
そんな中、最近この絵本の日本での出版を遅らせるもうひとつの要因がある。あいにく事件の背景は不幸な私たちの近現代史であり、それが駐日韓国大使館であるという点である。
詳細はこうである。今月中旬日本の出版社の最高責任者と編集者、そして『花ハルモニ』を日本語で翻訳した翻訳家が来韓して韓国の作家・編集者と一緒に日本語版発刊のための最後の会議をする予定であった。しかし、この重要な会議が無期限延期になったのである。駐日韓国大使館は翻訳者の国内入国を許可しなかったからである。理由は彼が「朝鮮籍」の在日同胞だからということだそうだ。
「朝鮮籍」とは日帝敗北以降、当時日本で居住していた朝鮮人たちに自動で付与された国籍である。その3年後、韓半島は南北それぞれ違う政府が樹立し、「在日朝鮮人」たちに国籍問題と関連して日本国に帰化したり大韓民国国籍を取得して「外国人」として残る選択肢が生まれた。北韓は日本と国交がないため北韓国籍を持つことは除外された。代わりに北韓行きを希望する在日朝鮮人たちは1950年代中盤から1984年まで北韓政府が大々的に行ったいわゆる「北送事業」により北に行った。この3つ道のなかでどれも選択しなかった人たちが2010年現在、韓国外交通商部推測で約6万名ぐらいになる「朝鮮籍」在日同胞たちである。日本の永住権のみを持ち、なんの政治的権利を認められない彼らは現在、日本に居住するすべての人々のなかで一番差別され、不当な扱いを受けて生きている人々である。さらに、その多くが祖国の分断を認めたくなくて、今は存在しない国「朝鮮」を国籍としてこだわりながら一日も早く韓半島が統一されることを待っている無謀なほど純真な人々である。そして、何よりも日本帝国主義の暴圧的植民地主義支配により根を引っこ抜かれた悲劇的な歴史の被害者である。その被害者のなかの一人がやはり悲劇的な歴史の被害者である慰安婦ハルモニの話を描いた絵本を翻訳し、日本で出版されるということがいかに意味あることであろうか。
「朝鮮籍」在日同胞が韓国に入るようにするには駐日大使館から入国許可を受けなければならない。筆者は会議を実現するため出版社が彼の財政と身元を保証するという内容の招待状、「平和絵本」の趣旨と内容を説明した資料、すでに出版された4冊の平和絵本を協力を求める公文とともに翻訳者に送り駐日大使館に提出させた。そこには翻訳者が72歳の老人であり、童話作家であり多くの韓国の子ども本を日本に翻訳・紹介した韓国文化と伝播者であるとことも書かれていた。しかし、大使館はほかの資料は見向きもせず招待状ひとつのみ受け付けて、数日後「不可」という赤いはんこが押された葉書一枚を送ったそうだ。
言論の報道によるとと総連に近かったり総連と関係があるという嫌疑で長い間、入国許可がおりなかった。「朝鮮籍」在日同胞の大韓民国との往来は1990年南北交流協力法以降、「参与政権」時代までにほとんど「自由」であったが、現政府になってからは南北関係が悪化し、不許可の件数は急増し、これによりこれら入国許可申請をすることさえも諦める場合も増えている。
「民族」と「同胞愛」、「自由」と「民主」、「世界平和と人類共栄」を追及する憲法前文に明示して掲げている大韓民国の国民として筆者は駐日大使館と外交通商部と大韓民国政府と読者みなさんに聞きたい。悲劇的な歴史の被害者たちを包摂する人道的な次元からも平和のための民間の出版活動を支援する次元からも、日本社会で慰安婦被害者問題を喚起させその解決を追求しようとする努力を激励する次元からも分断状況のなかで大韓民国の体制の優位性をみせつける国家安保的次元からも「韓・日・中共同企画絵本」をともに作っている「朝鮮籍」翻訳家が日本軍慰安婦被害者ハルモニの話を描いた絵本を日本で出版できるように大韓民国に入国することを許可することは正しいことではないだろうか。いや、せめて彼が何の仕事のためにこの地に入ろうとするのかその理由に耳を傾け、聞いてあげないといけないのではなかろうか。
(文 キム・ジャンソン「韓日中共同企画平和絵本」企画委員
翻訳 黒い彗星 崔檀悦)
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本文はハンギョレ新聞2011・9・15 29面掲載の「ウェナミョンなぜならば」という市民投稿の
文章である。インターネットのハンギョレサイトでこの記事本文をみつけることができなかった。
日本にいる「朝鮮籍」の在日の方や「在日」に詳しい日本人革新・進歩陣営の人々には
「違和感」を感じさせるかもしれない。
韓国生まれ韓国人の平和絵本シリーズ編集者の文章をそのままの意で翻訳した。
批判や疑問があるかもしれないが、この文章が韓国の進歩的知識人の一、「在日韓国・朝鮮人」への
理解であるとともに、分断状況のなかでのナショナルな「体裁」が存在することもまた南北の「分断」を象徴するものであるという意味でも重要なテキストであると私は思う。
あるいは筆者は、多くの「韓国人中心思考」の読者に訴える形であえてそのように書いたとも推測できる。
それが「韓国人」の在日や統一へのアプローチであることも前提として理解する必要がある。
そして、この理解こそが私は韓・朝鮮半島の平和的統一のスタートであることを忘れてはならない。
体制の優位性の競争のなかで、平和的な統一を構築していくことは困難であることを再認識しながらも、だからこそ慎重で切実に願うべき課題であると思えるはずである。
しかし、当然のことだが、本文であるように現韓国政府は『平和絵本、花ハルモニ』の出版に協力し、在日朝鮮人翻訳家の韓国入国を許可すべきであろう。
ハンナラ党政権になり、日本の「韓国籍」の在日も所属団体や思想信条を理由に入国許可がおりない
ことが多々あることも追記すべきだろう。私の知り合いにもそのような人々がいる。
だから本文は「在日朝鮮韓国人」への現状認識が甘いと感じられる。
このような進歩的一韓国人の認識の問題も私の問題として
韓国にいる一「在日」である私の課題として考えなければいけないと思った。
最後に、この『花ハルモニ』の絵本とともに「平和絵本」シリーズ全12巻が韓国、日本、中国で
無事出版されることを願うとともに、本文の筆者である編集者を含めこの「平和絵本」に携わる
すべての人々に敬意を払いたい。そして、去年逝去されたシム・ダルヨンはるもにの冥福を祈ります。
ハンギョレ新聞 2011年9月15日 28面
「日帝徴兵後ソ連に抑留」イ・ビョンジュ 朔風会 前会長 逝去
シベリア北風にえぐられた恨(ハン)晴れず
日帝植民地時代末期日本軍に連れられ戦後ソ連に抑留された被害者たちの集いである「シベリア抑留 朔風会」を牽引していたイ・ビョンジュ前会長が13日午前5時20分持病により逝去した。享年86歳。
1925年平壌で生まれスンイン商業高校を出た故人は45年8月はじめ、関東軍に入隊し戦後ソ連軍の捕虜としてシベリアのクラスノヤルスクなどで強制労働に従事した。ソ連収容所当局日本人でもないのに抑留され不当性を指摘し帰国を訴えた彼は48年12月数千名のほかの韓国人抑留者とともに韓国に戻った。以後彼ら抑留者はソ連から来たという理由で韓国の情報機関によってむごい調査を受け、調査後も要視察対象者として監視され続けた。
シベリア抑留者たちは、90年6月韓国とソ連の間に国交が樹立した後に「シベリア朔風会」を結成し被害補償を求める運動を展開した。故人はとくに朔風会5代会長として日本政府を相手に補償を求める訴訟を主導し、日本とロシアの関連する国際的な集いにも積極的に参加し、抑留者たちの悲惨な運命を訴え続けた。よって日本の政界や法曹界にも知人が多い。
イ・ジェソプ朔風会現会長は「故人は20年間近く旺盛な対外活動をし、朔風会の活動を積極的に牽引してきた」と回顧し、生存する被害者がそれほど残っていない現状のなかで運動の大きな損失だと話した。イ現会長は加えて、朔風会が日本政府相手の補償要求訴訟がすべて棄却されたせいで「故人はこの世を去りながらも目を閉じるのに苦しい思いが多かったはず」と話した。
日本の民主党政権は2010年6月戦後シベリアに抑留された日本人被害者たちに対して「特別給付金」を支給するかたちで、補償する法案をまとめ国会に通過させたが、韓国人と台湾人など外国人被害者は土壇場で除外された。韓国人抑留者たちは2009年8月自民党政権が崩壊、政権交代が行われ民主党政権が誕生した時、ついに補償が実現されると期待していたが、結局その期待は霧散した。 キム・ヒョスン記者 (翻訳:黒い彗星 崔檀悦)
元記事 韓国ハンギョレ新聞 2011年9月15日 朝刊
http://www.hani.co.kr/arti/society/obituary/496002.html
朝コンビニでハンギョレ新聞を買い、読みながらこの記事を見て翻訳したいと思った。
そして、大学時代に金富子先生の授業で見た大島渚の『忘れられた皇軍』を思い出した。
戦争責任は戦後責任として、私たちは「記憶」せねばならないことを
韓国の留学生活で忘れかけた自分を深く自省しながら来週の水曜日は駐韓日本大使館に行きたいと
思った。
コンビニでハンギョレ新聞を買おうと思った理由は高校の恩師から朝鮮学校「無償化」適応を求める
運動に携われる(恩師もそうであるが)詩人 河津清恵さんのハンギョレ新聞を読んで触発されたからである。
http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/495533.html
後日その記事の翻訳もブログに載せたいと思う。
「日帝徴兵後ソ連に抑留」イ・ビョンジュ 朔風会 前会長 逝去
シベリア北風にえぐられた恨(ハン)晴れず
日帝植民地時代末期日本軍に連れられ戦後ソ連に抑留された被害者たちの集いである「シベリア抑留 朔風会」を牽引していたイ・ビョンジュ前会長が13日午前5時20分持病により逝去した。享年86歳。
1925年平壌で生まれスンイン商業高校を出た故人は45年8月はじめ、関東軍に入隊し戦後ソ連軍の捕虜としてシベリアのクラスノヤルスクなどで強制労働に従事した。ソ連収容所当局日本人でもないのに抑留され不当性を指摘し帰国を訴えた彼は48年12月数千名のほかの韓国人抑留者とともに韓国に戻った。以後彼ら抑留者はソ連から来たという理由で韓国の情報機関によってむごい調査を受け、調査後も要視察対象者として監視され続けた。
シベリア抑留者たちは、90年6月韓国とソ連の間に国交が樹立した後に「シベリア朔風会」を結成し被害補償を求める運動を展開した。故人はとくに朔風会5代会長として日本政府を相手に補償を求める訴訟を主導し、日本とロシアの関連する国際的な集いにも積極的に参加し、抑留者たちの悲惨な運命を訴え続けた。よって日本の政界や法曹界にも知人が多い。
イ・ジェソプ朔風会現会長は「故人は20年間近く旺盛な対外活動をし、朔風会の活動を積極的に牽引してきた」と回顧し、生存する被害者がそれほど残っていない現状のなかで運動の大きな損失だと話した。イ現会長は加えて、朔風会が日本政府相手の補償要求訴訟がすべて棄却されたせいで「故人はこの世を去りながらも目を閉じるのに苦しい思いが多かったはず」と話した。
日本の民主党政権は2010年6月戦後シベリアに抑留された日本人被害者たちに対して「特別給付金」を支給するかたちで、補償する法案をまとめ国会に通過させたが、韓国人と台湾人など外国人被害者は土壇場で除外された。韓国人抑留者たちは2009年8月自民党政権が崩壊、政権交代が行われ民主党政権が誕生した時、ついに補償が実現されると期待していたが、結局その期待は霧散した。 キム・ヒョスン記者 (翻訳:黒い彗星 崔檀悦)
元記事 韓国ハンギョレ新聞 2011年9月15日 朝刊
http://www.hani.co.kr/arti/society/obituary/496002.html
朝コンビニでハンギョレ新聞を買い、読みながらこの記事を見て翻訳したいと思った。
そして、大学時代に金富子先生の授業で見た大島渚の『忘れられた皇軍』を思い出した。
戦争責任は戦後責任として、私たちは「記憶」せねばならないことを
韓国の留学生活で忘れかけた自分を深く自省しながら来週の水曜日は駐韓日本大使館に行きたいと
思った。
コンビニでハンギョレ新聞を買おうと思った理由は高校の恩師から朝鮮学校「無償化」適応を求める
運動に携われる(恩師もそうであるが)詩人 河津清恵さんのハンギョレ新聞を読んで触発されたからである。
http://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/495533.html
後日その記事の翻訳もブログに載せたいと思う。
kim_gwang_sokの「焦げる喉の渇き」をyoutubeで聞き、震える怒りとともに胸を焦がしている。どうやら私は根っからの抵抗する側の人間ようだ。チュニジア、エジプト、アルジェリア、バーレーン、イエメン、ミヤンマーなどの民衆の抵抗と民主主義への渇きを共に呼応したい。
私は久しく君のことを忘れていた
私の歩みもあまりにも久しく君を忘れていた
ただ一筋 焦がす胸のなか
喉の渇きの記憶が
君のなまえを人知れず書くよ
焦げる喉の渇きで
焦げる喉の渇きで
「民主主義」よ万歳
鮮明に甦るあの青々しい自由への追憶
甦る連れて行かれた友の血を流してる顔
震える手 震える胸
どうしようもなく震えてしまう怒りに
下手ないち名無しとして書くよ
焦げる喉の渇きで
焦げる喉の渇きで
「民主主義」よ万歳
―原詩:金之河 ―翻訳:崔檀悦
타는 목마름으로
내 머리는 너를 잊은 지 오래
내 발길도 너를 잊은 지 너무도 오래
오직 한 가닥 타는 가슴속
목마름의 기억이
네 이름을 남몰래 쓴다
타는 목마름으로
타는 목마름으로
민주주의여 만세
살아오는 저 푸르른 자유의 추억
되살아나는 끌려가던 벗들의 피묻은 얼굴
떨리는 손 떨리는 가슴
치 떨리는 노여움에
네 이름을 남 몰래 쓴다(서툰 백목 글씨로 쓴다【歌詞】 )
타는 목마름으로
타는 목마름으로
민주주의여 만세
―原詩:金之河 ―翻訳:崔檀悦
私は久しく君のことを忘れていた
私の歩みもあまりにも久しく君を忘れていた
ただ一筋 焦がす胸のなか
喉の渇きの記憶が
君のなまえを人知れず書くよ
焦げる喉の渇きで
焦げる喉の渇きで
「民主主義」よ万歳
鮮明に甦るあの青々しい自由への追憶
甦る連れて行かれた友の血を流してる顔
震える手 震える胸
どうしようもなく震えてしまう怒りに
下手ないち名無しとして書くよ
焦げる喉の渇きで
焦げる喉の渇きで
「民主主義」よ万歳
―原詩:金之河 ―翻訳:崔檀悦
타는 목마름으로
내 머리는 너를 잊은 지 오래
내 발길도 너를 잊은 지 너무도 오래
오직 한 가닥 타는 가슴속
목마름의 기억이
네 이름을 남몰래 쓴다
타는 목마름으로
타는 목마름으로
민주주의여 만세
살아오는 저 푸르른 자유의 추억
되살아나는 끌려가던 벗들의 피묻은 얼굴
떨리는 손 떨리는 가슴
치 떨리는 노여움에
네 이름을 남 몰래 쓴다(서툰 백목 글씨로 쓴다【歌詞】 )
타는 목마름으로
타는 목마름으로
민주주의여 만세
―原詩:金之河 ―翻訳:崔檀悦
自粛中の黒い彗星です・・
しかし、同志の闘いに連帯を表明します!!
趣旨に全面同意です。全面支持です!!
拡散希望!!!
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
ジョンレノンの「Happy Christmas (War Is Over) 」
クリスマスシーズンには定番とも言える代表的クリスマスソングです。
そしてなによりウチが大好きな曲なのです。
この曲には「War Is Over(戦争が終わった」のサブタイトルどおり 反戦のメッセージがこめられています。
そしてなにより12月はジョンの死んだ月でもありました。
クリスマスは誰のものでもない 泣いている人 恵まれない人 そしてみんなのものだという想いを
この歌に感じました。
「クリスマスを祝おう 戦争は終わった」大国アメリカににらまれながらも執拗に声高に
「NOWAR」を叫び続けた不屈の反戦
その中でウチはクリスマスというものは選ばれた誰のものでなくみんながささやかでも祝い楽しむために
たとえ戦争中であってもその想いは変わらないというジョンの願いを感じました。
ウチラはそんなジョンにこそリスペクトするのです。
そのココロこそ我々が目指す「ANTIFA」だから・・・・・・・
クリスマスは金持ちのましてや戦争で荒稼ぎしている奴らの特権ではない
我々のものだ そのことを主張するために12/23日 渋谷を練り歩きます。
ウチラのクリスマスを取り戻すために!
・・・・・・・・・・・・ジョン まだ世界は戦争を終わりにしない
でもいつの日か戦争が終わり 皆がクリスマスを祝えるその日のために
OoA!は前記のとおり来週 再来週 イベントです
来週はデモ
「12.23クリスマス奪還デモ」を渋谷で行います
【概要】
開催日時 12/23日 19時から21時まで
集合(解散)場所 渋谷神宮通公園 (宮下公園より原宿側)
デモ趣旨 「クリスマス文化を本来あるべき姿で取り戻すため」
時間表 集合および開始アピール 19:00~19:30 出発19:30 到着20:00
終了アピールおよび撤収・解散21:00
(当日の状況により変更する場合があります)
#デモ諸注意等 当デモでは参加者の表現活動等積極的に容認していますが
危険行為や他者のアイデンティティ等著しく傷つける行為についてはスタッフ判断でお断りする可能性があります。
当日はデモ主催およびスタッフの指示に従ってください
不測の事態が発生した場合はスタッフならび警備担当に速やかに連絡してください
みだりに対応したり挑発する行為は絶対辞めてください。
取材等で撮影される場合がありますので顔ばれNGの方は事前に対策をお願いします。
#類似品呼ばわりされてますのでお間違えなきよう(笑
http://otakuofantifainfo.blog49.fc2.com/blog-entry-56.html
しかし、同志の闘いに連帯を表明します!!
趣旨に全面同意です。全面支持です!!
拡散希望!!!
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ジョンレノンの「Happy Christmas (War Is Over) 」
クリスマスシーズンには定番とも言える代表的クリスマスソングです。
そしてなによりウチが大好きな曲なのです。
この曲には「War Is Over(戦争が終わった」のサブタイトルどおり 反戦のメッセージがこめられています。
そしてなにより12月はジョンの死んだ月でもありました。
クリスマスは誰のものでもない 泣いている人 恵まれない人 そしてみんなのものだという想いを
この歌に感じました。
「クリスマスを祝おう 戦争は終わった」大国アメリカににらまれながらも執拗に声高に
「NOWAR」を叫び続けた不屈の反戦
その中でウチはクリスマスというものは選ばれた誰のものでなくみんながささやかでも祝い楽しむために
たとえ戦争中であってもその想いは変わらないというジョンの願いを感じました。
ウチラはそんなジョンにこそリスペクトするのです。
そのココロこそ我々が目指す「ANTIFA」だから・・・・・・・
クリスマスは金持ちのましてや戦争で荒稼ぎしている奴らの特権ではない
我々のものだ そのことを主張するために12/23日 渋谷を練り歩きます。
ウチラのクリスマスを取り戻すために!
・・・・・・・・・・・・ジョン まだ世界は戦争を終わりにしない
でもいつの日か戦争が終わり 皆がクリスマスを祝えるその日のために
OoA!は前記のとおり来週 再来週 イベントです
来週はデモ
「12.23クリスマス奪還デモ」を渋谷で行います
【概要】
開催日時 12/23日 19時から21時まで
集合(解散)場所 渋谷神宮通公園 (宮下公園より原宿側)
デモ趣旨 「クリスマス文化を本来あるべき姿で取り戻すため」
時間表 集合および開始アピール 19:00~19:30 出発19:30 到着20:00
終了アピールおよび撤収・解散21:00
(当日の状況により変更する場合があります)
#デモ諸注意等 当デモでは参加者の表現活動等積極的に容認していますが
危険行為や他者のアイデンティティ等著しく傷つける行為についてはスタッフ判断でお断りする可能性があります。
当日はデモ主催およびスタッフの指示に従ってください
不測の事態が発生した場合はスタッフならび警備担当に速やかに連絡してください
みだりに対応したり挑発する行為は絶対辞めてください。
取材等で撮影される場合がありますので顔ばれNGの方は事前に対策をお願いします。
#類似品呼ばわりされてますのでお間違えなきよう(笑
http://otakuofantifainfo.blog49.fc2.com/blog-entry-56.html
<以下、転送転載大歓迎!!!>
ここまできた不当弾圧!表現者Kさんの即時釈放を求める
発起人:NDSとKさんの即時釈放を求める会(Free K!)
8月22日(日)、わたしたちの仲間であり、NDS(中崎町ドキュメンタリースペース)のメンバーであるKさんが、突然来た公安三課の刑事により暴力的に身柄を拘束され、逮捕されてしまい、同時に家宅捜索に入られるという事件が起きました。また、翌日朝には扇町公園にある、釜ヶ崎パトロールの会の現地本部と、人民新聞社の編集部に対し家宅捜索が入りました。警察発表では、逮捕の理由として、「免状不実記載」(免許証の住所記載と現住所が異なる)と、「賃貸契約に関しての有印私文書偽造」(いままでの契約書類に書いていた保証人の名前を、更新時に継続して書いてしまっただけ!)があげられており、他二箇所の家宅捜索は、Kさんが立ち寄った場所だという無茶苦茶な理由でおこなわれました。このような「微罪」を理由として逮捕し勾留するという、公安警察によるいやがらせは、あまり知られていませんが、社会運動に関わる人々を萎縮させるために行なわれる手段として、常套化してきた手法であり、このような明らかな国家権力の濫用、政治的弾圧が私たち表現者にも及んできました。現在の時点(2010年8月24日)で、Kさんは兵庫県警本部に身柄を移され、また、勾留延長と接見禁止がついており、私達と会えない状態がつづいています。
Kさんはドキュメンタリー映画をつくる表現者として、また在日朝鮮人二世という立場から、自身、日雇い労働者として釜ヶ崎に身をおきながら、日本という国家が隠し、封じ込めてきたさまざまなもの、人々をカメラに映し暴き、照らし出してきました。例えば、釜ヶ崎の日雇い労働者の住民票が大阪市によって一斉に削除されたことに対するたたかいを描いた「釜の住民票を返せ!」(2010)では住民票がないことから選挙権をも剥奪される状況を映し出しましたが、Kさん自身は在日朝鮮人であるがゆえに選挙権がありません。それにもかかわらず、住民票の運動に寄り添って記録を続けてきました。
その他にも釜ヶ崎や大阪市内の公園で毎年取り組まれている越冬闘争、長居公園における野宿者テント村の強制排除の記録「長居公園に大輪の舞台が立った」(2008)、あるいは自身のルーツに連なる済州島での「4.3事件」の集会の記録や、韓国の民主化闘争を現在に伝えるマダン劇の記録、さらに現在は大阪市桜ノ宮にあり、つい最近立ち退きにあった、在日朝鮮人の女性たちの祈りと伝承の場、龍王宮の最後の記録を編集している途上でした。しかし、これらのものを撮影した貴重なテープ・表現物はすべて、警察が奪い去っていきました。このことの意味は重く、表現者に対して仕掛けられた国家による攻撃であり、許されることではありません。
さらに、Kさんは、今年7月、日本政府と大林組を相手に原告となり、裁判を起こしたばかりであり、今回の逮捕は、表現の自由に対する弾圧であると同時に、この裁判に対する政治的弾圧であると、私達は考えています。裁判はKさんの働いていた現場で雇い主から、突然、日本名を名乗ることを強制されたことに抗議して、起こしたものです。日本という国家が植民地支配の過程で、天皇制による支配の下、朝鮮民族に日本名を名乗らせ、「皇国臣民」として生きることを強制したという歴史に対する無理解と無反省の中で行なわれたものであり、日本社会の中で在日朝鮮人として、本名で生活を行なえる当然の権利を勝ち取っていくための裁判です。いまだ、在日朝鮮人に対する根強い差別が残る中、また、戦争や植民地支配の歴史が風化していく中で、非常に重要な問題提起としてあるものです。今後、勾留期間が長引くと、9月16日(第二回公判)に予定されている裁判の公判が、本人不在のまま行なわれることになり、そのようなふざけた状況がまかりとおってしまうことは絶対に許すことはできません。
【皆さんへのお願い】
私達は、Kさんの身柄の即時釈放を要求します。また、強奪したすべてのテープ・表現物の返還を求めます。その天真爛漫な人柄により、私達を勇気付けてくれたKさんの釈放を求めて、応援のメッセージと救援カンパをよろしくお願いします!皆さんのご協力と、圧倒的な注目を今後もお願いします!
*本人が、完全黙秘中だという事情を考慮し、名前は伏せてあります。
――――――――――――――――――――――――
このような活動されている在日の方がいらっしゃるとは、つゆ知りませんでした。
私自身できる限り、Kさんの救援に協力したいです。
Kさんの即時釈放を求めます。
ここまできた不当弾圧!表現者Kさんの即時釈放を求める
発起人:NDSとKさんの即時釈放を求める会(Free K!)
8月22日(日)、わたしたちの仲間であり、NDS(中崎町ドキュメンタリースペース)のメンバーであるKさんが、突然来た公安三課の刑事により暴力的に身柄を拘束され、逮捕されてしまい、同時に家宅捜索に入られるという事件が起きました。また、翌日朝には扇町公園にある、釜ヶ崎パトロールの会の現地本部と、人民新聞社の編集部に対し家宅捜索が入りました。警察発表では、逮捕の理由として、「免状不実記載」(免許証の住所記載と現住所が異なる)と、「賃貸契約に関しての有印私文書偽造」(いままでの契約書類に書いていた保証人の名前を、更新時に継続して書いてしまっただけ!)があげられており、他二箇所の家宅捜索は、Kさんが立ち寄った場所だという無茶苦茶な理由でおこなわれました。このような「微罪」を理由として逮捕し勾留するという、公安警察によるいやがらせは、あまり知られていませんが、社会運動に関わる人々を萎縮させるために行なわれる手段として、常套化してきた手法であり、このような明らかな国家権力の濫用、政治的弾圧が私たち表現者にも及んできました。現在の時点(2010年8月24日)で、Kさんは兵庫県警本部に身柄を移され、また、勾留延長と接見禁止がついており、私達と会えない状態がつづいています。
Kさんはドキュメンタリー映画をつくる表現者として、また在日朝鮮人二世という立場から、自身、日雇い労働者として釜ヶ崎に身をおきながら、日本という国家が隠し、封じ込めてきたさまざまなもの、人々をカメラに映し暴き、照らし出してきました。例えば、釜ヶ崎の日雇い労働者の住民票が大阪市によって一斉に削除されたことに対するたたかいを描いた「釜の住民票を返せ!」(2010)では住民票がないことから選挙権をも剥奪される状況を映し出しましたが、Kさん自身は在日朝鮮人であるがゆえに選挙権がありません。それにもかかわらず、住民票の運動に寄り添って記録を続けてきました。
その他にも釜ヶ崎や大阪市内の公園で毎年取り組まれている越冬闘争、長居公園における野宿者テント村の強制排除の記録「長居公園に大輪の舞台が立った」(2008)、あるいは自身のルーツに連なる済州島での「4.3事件」の集会の記録や、韓国の民主化闘争を現在に伝えるマダン劇の記録、さらに現在は大阪市桜ノ宮にあり、つい最近立ち退きにあった、在日朝鮮人の女性たちの祈りと伝承の場、龍王宮の最後の記録を編集している途上でした。しかし、これらのものを撮影した貴重なテープ・表現物はすべて、警察が奪い去っていきました。このことの意味は重く、表現者に対して仕掛けられた国家による攻撃であり、許されることではありません。
さらに、Kさんは、今年7月、日本政府と大林組を相手に原告となり、裁判を起こしたばかりであり、今回の逮捕は、表現の自由に対する弾圧であると同時に、この裁判に対する政治的弾圧であると、私達は考えています。裁判はKさんの働いていた現場で雇い主から、突然、日本名を名乗ることを強制されたことに抗議して、起こしたものです。日本という国家が植民地支配の過程で、天皇制による支配の下、朝鮮民族に日本名を名乗らせ、「皇国臣民」として生きることを強制したという歴史に対する無理解と無反省の中で行なわれたものであり、日本社会の中で在日朝鮮人として、本名で生活を行なえる当然の権利を勝ち取っていくための裁判です。いまだ、在日朝鮮人に対する根強い差別が残る中、また、戦争や植民地支配の歴史が風化していく中で、非常に重要な問題提起としてあるものです。今後、勾留期間が長引くと、9月16日(第二回公判)に予定されている裁判の公判が、本人不在のまま行なわれることになり、そのようなふざけた状況がまかりとおってしまうことは絶対に許すことはできません。
【皆さんへのお願い】
私達は、Kさんの身柄の即時釈放を要求します。また、強奪したすべてのテープ・表現物の返還を求めます。その天真爛漫な人柄により、私達を勇気付けてくれたKさんの釈放を求めて、応援のメッセージと救援カンパをよろしくお願いします!皆さんのご協力と、圧倒的な注目を今後もお願いします!
*本人が、完全黙秘中だという事情を考慮し、名前は伏せてあります。
――――――――――――――――――――――――
このような活動されている在日の方がいらっしゃるとは、つゆ知りませんでした。
私自身できる限り、Kさんの救援に協力したいです。
Kさんの即時釈放を求めます。
府警、「在特会」強制捜査へ
朝鮮学校民族差別問題
京都市南区の京都朝鮮第一初級学校で昨年12月、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」のメンバーらが民族差別発言をしたとされる問題で、京都府警が、威力業務妨害と名誉棄損、器物損壊の疑いで、在特会に対し、近く強制捜査に乗り出す方針を固めたことが9日、捜査関係者への取材で分かった。
同校と同校を運営する学校法人京都朝鮮学園が昨年12月21日、南署に告訴していた。
告訴状によると、在特会のメンバーらは共謀し、昨年12月4日午後1時ごろ、校門前で「朝鮮学校をぶっ壊せ」「スパイの子ども」などと拡声器で叫んで授業を妨害し、学校や児童を中傷したほか、学校が向かい側の児童公園に置いていたスピーカーのコードを無断で切断し、朝礼台を撤去するなどした、とされる。
在特会関西支部の幹部は昨年、京都新聞社の取材に、「抗議行動はしたが、違法なことはない」と主張していた。
在特会のホームページによると、同会は「行動する保守」を名乗り、2006年12月に創立された。同会の主張や行動に賛同する「会員」は約9200人いる、という。
【 2010年08月10日 08時55分 京都新聞
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20100810000027
在特会幹部ら、京都府警が聴取へ 朝鮮学校授業妨害容疑
2010年8月10日5時0分
京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)の前で、「日本から出て行け」などと拡声機で叫んで授業を妨害するなどしたとして、京都府警は、在日特権を許さない市民の会(在特会、本部・東京)の幹部ら数人から、威力業務妨害などの疑いで近く事情聴取する方針を固めた。
捜査関係者によると、在特会幹部らメンバー約10人は昨年12月4日昼、同初級学校の周辺で1時間近くにわたり、拡声機を使って「日本人を拉致した朝鮮総連傘下」「北朝鮮のスパイ養成所」「日本から出て行け。スパイの子ども」などと怒鳴り、授業を妨害した疑いなどが持たれている。
在特会のホームページによると、在特会は、同初級学校が、隣接する児童公園に朝礼台やスピーカー、サッカーゴールを無断で設置して「不法占拠」をしていると主張。これらを撤去したうえで街宣活動をしたとしている。在特会側は街宣の様子を撮影し、動画投稿サイト「ユーチューブ」などで流していた。
学校側は昨年12月末、威力業務妨害や名誉棄損の疑いなどで府警に告訴。その後も街宣活動があったため、今年3月に街宣の禁止を求める仮処分を京都地裁に申し立て、地裁は学校周辺で学校関係者を非難する演説やビラ配りなどの脅迫的行為を禁じる仮処分を決定した。さらに学校側は6月、在特会と街宣活動をしたメンバーらを相手取り、街宣の禁止と計3千万円の損害賠償を求めて提訴している。
京都市などによると、同初級学校は約50年前から、市が管理する児童公園を運動場代わりに使用。市は昨春以降、市の許可を得ていないとして設備の撤去を求めてきた。府警は、学校側の関係者についても、都市公園法違反容疑で立件するかどうか検討するとみられる。昨年12月の街宣活動に参加した在特会メンバーの一人は、朝日新聞の取材に「公園の無断使用は許されない。自分たちはマイク一つで、ぎりぎりの範囲でやってきた。見る人が見たら共感してくれる」と話している。
在特会(桜井誠会長)は2006年に発足。在日韓国・朝鮮人の特別永住資格は「特権」と批判し、全国各地でデモ活動などを続けている。ホームページによると、全国に26支部あり、会員は9千人以上いるという。
http://www.asahi.com/national/update/0809/OSK201008090160_01.html
「在特会」幹部ら逮捕へ、京都 朝鮮学校の授業妨害容疑
京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)の周辺で拡声器を使い授業を妨害したとして、京都府警は10日、威力業務妨害などの疑いで「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の幹部ら数人の取り調べを始めた。容疑が固まり次第、逮捕する方針。
捜査関係者によると、2009年12月4日、同校周辺で「こんなもの学校ではない」「朝鮮学校を日本からたたき出せ」などと約1時間にわたり拡声器で叫び続け、授業を妨害した疑いが持たれている。
学校側は同年12月に威力業務妨害などの疑いで府警に刑事告訴。京都地裁は10年3月、在特会に対し、同校周辺での街宣活動禁止を求める仮処分を決定した。
2010/08/10 10:25 【共同通信】
授業妨害:「在特会」幹部ら事情聴取 京都府警
拡声機を使い「朝鮮学校はぶっ壊せ」などと大音量で叫んで京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)の授業を妨害したとして、京都府警は10日、在日特権を許さない市民の会(在特会)の幹部ら数人から威力業務妨害などの容疑で事情聴取を始めた。容疑が固まり次第逮捕する方針。同校を運営する京都朝鮮学園が器物損壊や名誉棄損の容疑と合わせ告訴していた。
告訴状や関係者の話では、在特会幹部ら約10人は09年12月4日午後、同校校門前で約1時間にわたり、「こいつら密入国の子孫」「日本から出ていけ」などと怒鳴り、授業を妨害。向かいにある市立の児童公園に同校が設置していたスピーカーのコードを切断するなどしたとされる。
在特会側は、同校が児童公園を不法に占拠していると主張し、この行動の模様を撮影してインターネットで紹介。「民族差別だ」として抗議活動が起きていた。
また、在特会側がその後も同様の活動を予告したため、学園が「児童の精神面に深い傷を与える」として、半径200メートル圏内での演説、教職員や児童への面会強要禁止などを求めて仮処分を申請し、京都地裁が3月に認めた。
一方、在特会側は「公園を校庭代わりに無断使用している」として都市公園法違反容疑で学園側を告発。在特会京都支部幹部はこれまでの取材に「徹底的に闘う」としていた。
ホームページによると、在特会は在日韓国人・朝鮮人の特別永住資格を「特権」と位置付け、根拠となる入管特例法の廃止を主張。全国でデモや街宣を展開している。会員数は9252人(10日午前現在)。
毎日新聞 2010年8月10日 11時14分
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100810k0000e040034000c.html
朝鮮学校民族差別問題
京都市南区の京都朝鮮第一初級学校で昨年12月、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」のメンバーらが民族差別発言をしたとされる問題で、京都府警が、威力業務妨害と名誉棄損、器物損壊の疑いで、在特会に対し、近く強制捜査に乗り出す方針を固めたことが9日、捜査関係者への取材で分かった。
同校と同校を運営する学校法人京都朝鮮学園が昨年12月21日、南署に告訴していた。
告訴状によると、在特会のメンバーらは共謀し、昨年12月4日午後1時ごろ、校門前で「朝鮮学校をぶっ壊せ」「スパイの子ども」などと拡声器で叫んで授業を妨害し、学校や児童を中傷したほか、学校が向かい側の児童公園に置いていたスピーカーのコードを無断で切断し、朝礼台を撤去するなどした、とされる。
在特会関西支部の幹部は昨年、京都新聞社の取材に、「抗議行動はしたが、違法なことはない」と主張していた。
在特会のホームページによると、同会は「行動する保守」を名乗り、2006年12月に創立された。同会の主張や行動に賛同する「会員」は約9200人いる、という。
【 2010年08月10日 08時55分 京都新聞
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20100810000027
在特会幹部ら、京都府警が聴取へ 朝鮮学校授業妨害容疑
2010年8月10日5時0分
京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)の前で、「日本から出て行け」などと拡声機で叫んで授業を妨害するなどしたとして、京都府警は、在日特権を許さない市民の会(在特会、本部・東京)の幹部ら数人から、威力業務妨害などの疑いで近く事情聴取する方針を固めた。
捜査関係者によると、在特会幹部らメンバー約10人は昨年12月4日昼、同初級学校の周辺で1時間近くにわたり、拡声機を使って「日本人を拉致した朝鮮総連傘下」「北朝鮮のスパイ養成所」「日本から出て行け。スパイの子ども」などと怒鳴り、授業を妨害した疑いなどが持たれている。
在特会のホームページによると、在特会は、同初級学校が、隣接する児童公園に朝礼台やスピーカー、サッカーゴールを無断で設置して「不法占拠」をしていると主張。これらを撤去したうえで街宣活動をしたとしている。在特会側は街宣の様子を撮影し、動画投稿サイト「ユーチューブ」などで流していた。
学校側は昨年12月末、威力業務妨害や名誉棄損の疑いなどで府警に告訴。その後も街宣活動があったため、今年3月に街宣の禁止を求める仮処分を京都地裁に申し立て、地裁は学校周辺で学校関係者を非難する演説やビラ配りなどの脅迫的行為を禁じる仮処分を決定した。さらに学校側は6月、在特会と街宣活動をしたメンバーらを相手取り、街宣の禁止と計3千万円の損害賠償を求めて提訴している。
京都市などによると、同初級学校は約50年前から、市が管理する児童公園を運動場代わりに使用。市は昨春以降、市の許可を得ていないとして設備の撤去を求めてきた。府警は、学校側の関係者についても、都市公園法違反容疑で立件するかどうか検討するとみられる。昨年12月の街宣活動に参加した在特会メンバーの一人は、朝日新聞の取材に「公園の無断使用は許されない。自分たちはマイク一つで、ぎりぎりの範囲でやってきた。見る人が見たら共感してくれる」と話している。
在特会(桜井誠会長)は2006年に発足。在日韓国・朝鮮人の特別永住資格は「特権」と批判し、全国各地でデモ活動などを続けている。ホームページによると、全国に26支部あり、会員は9千人以上いるという。
http://www.asahi.com/national/update/0809/OSK201008090160_01.html
「在特会」幹部ら逮捕へ、京都 朝鮮学校の授業妨害容疑
京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)の周辺で拡声器を使い授業を妨害したとして、京都府警は10日、威力業務妨害などの疑いで「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の幹部ら数人の取り調べを始めた。容疑が固まり次第、逮捕する方針。
捜査関係者によると、2009年12月4日、同校周辺で「こんなもの学校ではない」「朝鮮学校を日本からたたき出せ」などと約1時間にわたり拡声器で叫び続け、授業を妨害した疑いが持たれている。
学校側は同年12月に威力業務妨害などの疑いで府警に刑事告訴。京都地裁は10年3月、在特会に対し、同校周辺での街宣活動禁止を求める仮処分を決定した。
2010/08/10 10:25 【共同通信】
授業妨害:「在特会」幹部ら事情聴取 京都府警
拡声機を使い「朝鮮学校はぶっ壊せ」などと大音量で叫んで京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)の授業を妨害したとして、京都府警は10日、在日特権を許さない市民の会(在特会)の幹部ら数人から威力業務妨害などの容疑で事情聴取を始めた。容疑が固まり次第逮捕する方針。同校を運営する京都朝鮮学園が器物損壊や名誉棄損の容疑と合わせ告訴していた。
告訴状や関係者の話では、在特会幹部ら約10人は09年12月4日午後、同校校門前で約1時間にわたり、「こいつら密入国の子孫」「日本から出ていけ」などと怒鳴り、授業を妨害。向かいにある市立の児童公園に同校が設置していたスピーカーのコードを切断するなどしたとされる。
在特会側は、同校が児童公園を不法に占拠していると主張し、この行動の模様を撮影してインターネットで紹介。「民族差別だ」として抗議活動が起きていた。
また、在特会側がその後も同様の活動を予告したため、学園が「児童の精神面に深い傷を与える」として、半径200メートル圏内での演説、教職員や児童への面会強要禁止などを求めて仮処分を申請し、京都地裁が3月に認めた。
一方、在特会側は「公園を校庭代わりに無断使用している」として都市公園法違反容疑で学園側を告発。在特会京都支部幹部はこれまでの取材に「徹底的に闘う」としていた。
ホームページによると、在特会は在日韓国人・朝鮮人の特別永住資格を「特権」と位置付け、根拠となる入管特例法の廃止を主張。全国でデモや街宣を展開している。会員数は9252人(10日午前現在)。
毎日新聞 2010年8月10日 11時14分
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100810k0000e040034000c.html
興味深く読ませてもらったので、
翻訳してみる。
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우파의 가면을 쓴 모리배 ③
右派という仮面を被ったモリベ(謀利輩:利益をむさぼるやからという韓国の名詞)
그러면 시대를 건너뛰어 뉴라이트에 대해 살펴보자. 이들의 핵심 이론인 식민지근대화론이 일제 강점기 민족개량주의 이론의 현대판이기 때문이다.
さて時代を飛び越えて、ニューライトについてみてみよう。彼らの核心となる理論である植民地近代化論は、日本帝国占領期の民族改良主義の現代版であるからだ。
한 국의 신보수라면 얼마든지 장밋빛 이념을 내놓을 수 있었을 텐데, 하고 많은 이론 중에서 왜 하필이면 이 이론을 들고 나왔을까? 낡아빠지고 친일파를 옹호하는 이 이론은 이른바 보수 우파의 거짓 없는 자기 고백이라는 점에서 중요한 의의가 있다. 말하자면 이제 조작을 그만두고 정확한 이름을 찾겠다는 의지(!)로 보인다. 그만큼 세상이 변한 것이다.
韓国の新保守は、いくらでもばら色の理念を主張することもできたというのに、数多くある理論のなかで、なぜ、わざわざこんな理論を持ってきたのだろうか。古臭く、「親日派(旧植民地時代の日帝協力者)」を擁護するこの理論はいわば保守右派の嘘のない自己告白(自白)という点で重要な意義がある。いうなれば、もう創作(偽装)はやめて、正確な名前を探すという意志(!)にみえる。それくらいこの世界(時代)が変わったのだ。
뉴라이트는 냉전의 종식과 함께 불어닥친 세계화의 물결, 신자유주의와 네오콘(미국의 신보수주의자들)의 득세, 민주정부 10년이라는 객관적인 조건 속에서 자기를 무장했다. 이 시기에는 '민족'이라는 화두가 쇠퇴하고 '선진화'가 급부상하기 좋은 분위기가 흐르고 있었다.
ニューライトは冷戦の終焉とともに押し寄せてきた世界化の流れ、新自由主義とネオコン(アメリカの新保守主義者たち)の勢力拡大、民主政府10年(*韓国キム・デジュン、ノムヒョン民主党政権時代)という客観的条件のなかで自己を武装した。この時期に「民族」という言葉が衰退し、「先進化」が急浮上するのによい雰囲気が流れていた。
민주정부 10년 동안, 정권이 민족에 대한 콤플렉스가 없는 관계로 민족주의에서 자유로울 수 있는 공간이 열렸다. (친일파를 기반으로 한 이승만과 일본군 장교였던 박정희가 민족에 대한 콤플렉스 때문에 그것을 보상하기 위해 민족을 전면에 내세우지 않을 수 없었던 것과 비교가 된다.) 게다가 민주정부는 세계화와 신자유주의를 추구하는 데 앞장섰다. 이런 흐름 속에서는 이념보다는 전문성이 각광을 받았다. 동시에 고급 교육에 대한 수요도 폭발적으로 늘었다.
民主政府10年の間、政権が民族に対するコンプレックスがない関係で民族主義から自由になれる空間が開けた。(「親日派」を基盤としたイ・スンマンと旧日本軍将校であったパク・チョンヒが民族に対するコンプレックスのせいでそれを保障するために民族を前面に押し出せずにいたことと比較ができる)そして、民主政府は世界化と新自由主義を推し進めるのに先頭に立った。このような流れのなかで、理念よりは専門性が脚光を浴びた。同時に高級教育に対する需要も爆発的に増えた。
이 같은 분위기에서 뉴라이트는 이념에 구애받지 말고 한국 사회의 여러 문제, 특히 역사 문제를 객관적인 사실을 통해 구명하자는 논리를 들고 나왔다. 여기에다 높아진 국민의 교육 수준―그 결과, '합리성'이 가치 척도의 기준이 된다―도 한몫해 새로운 의미 조작의 토대가 마련된 것이다.
このような雰囲気のなかで、ニューライトは理念を求めずに、韓国社会のさまざまな問題、とくに歴史問題を客観的事実を通じて究明しようとする論理を持ち出してきた。さらに高くなった国民の教育水準―その結果「合理性」が価値尺度の基準になる―も手助けして、新しい意味造作(偽装)の土台が準備されたのであった。
합리성•전문성•객관성 등이 사회 운영의 원리로 자리 잡으면서 뉴라이트는 그들 선배들이 명분으로 내걸었던 민족의 짐을 벗어던지고, 옛날 역사를 오직 '발전'이라는 객관적 사실에만 근거하여 민족 감정에 치우침 없이 실증적으로 구명하겠다고 나섰다. 이들은 그것만이 사회 발전의 발목을 잡는 이념에서 벗어나 한국 사회를 선진화시킬 수 있다고 주장한다. 같은 선상에서 이명박 정권은 사회 발전의 방향을 '선진화'로 확정했다.
合理性・専門性・客観性などが、社会運営の原理に位置取られながらニューライトは彼らの先輩たちの名分として掲げた民族の荷物を脱ぎ捨て、昔の歴史はただ「発展」という客観的事実のみを根拠に、民族感情に左右されず、実証的に究明するという。彼らのそれだけが社会発展の足を引っ張る理念から解放され韓国社会を先進化することができると主張する。その同じ線上にイ・ミョンバク政権は社会発展の方向を「先進化」へ確定した。
이처럼 한국 사회가 세계화와 신자유주의의 흐름을 내면화하는 과정에서 '선진화'는 가장 식욕 좋은 '욕망'이 된 것이다. 과거에 '민족'이 그랬던 것처럼 현재는 그 자리를 '선진화'가 차지했다. 이명박 정권과 뉴라이트는 옛 선배들의 전례를 본받아 적반하장 식으로 이 단어를 선점했다.
このように韓国社会が世界化と新自由主義の流れを内面化する過程で「先進化」は一番美味しい「欲望」になったのだ。過去の「民族」がそうであったように現在のその場所を「先進化」が支配した。イ・ミョンバク政権とニューライトは昔の先輩の前例を継承し、賊反荷杖(居直り)式にこの単語を先占した。
어떻게 적반하장인지 간단히만 보자. 군사독재에서 민주화로 가는 선진화를 가로막은 게 누구인가? 그리고 자신이야말로 산업화의 주역이라고 금과옥조처럼 말하는데, 과연 그 진정한 주역은 누구인가? 독재가 아닌 민주주의를 기준으로 판단하면 그 주역은 '민(民)'임에도 불구하고, 이명박 정권과 뉴라이트는 '산업화의 청사진'에 따라서 '민'을 조직하고 끌고 간 지도력이 중요하다는 이유로 그 공(功)을 자기들(군사 독재 세력)에게 돌린다. 이름하여 개발독재.
どのような居直り(賊反荷杖)なのか、簡単に見てみよう。軍事独裁から民主化へ移行する先進化を歯止めするのは誰なのか?そして、自分たちこそが産業化の主役だと「金科玉条(重要な法則・規定、プリンシプル?)」のように主張するが、さてその本当の主役は誰なのか?独裁ではない民主主義の基準で判断するなら、その主役は「民」であるにもかかわらず、イ・ミョンバクとニューライトは「産業化の青写真」にならって「民」を組織し、牽引した指導力が重要であるという理由で、その功(積)が自分たち(軍事独裁勢力)にあるという。名づけて開発独裁。
이런 의식이야말로 치졸함과 무식의 소치인데, 그 이유로 세 가지를 들겠다. 첫째, 건물이 청사진에 따라 지어진다는 생각은 그릇된 환상이라는 사실이 20세기 학문의 성과로 밝혀졌다. 건물은 건축가가 짓는 것이 아니라 관련된 사람들의 커뮤니케이션이 이루어낸 결과다. 둘째, 이러한 수구 세력의 허위의식은 어마어마한 사회적 문제를 야기했다. 권위주의 문화, 대규모 도시 빈민의 양산, 폭력과 사회 갈등 등 그 사례는 하도 많아서 일일이 꼽을 수조차 없을 정도다. 셋째, 그러한 흙탕물을 민(民)이 삶 속에서 정화했다.
このような意識こそ、稚拙さと無知の骨頂なのだが、その理由として三つをあげよう。一つ、建物が青写真によってつくられるという思考は、誤った幻想であるという事実が20世紀学問の成果で明らかになった。建物は建築家が建てるのではなく関連した人々のコミュニケーションが成し遂げた結果だ。二つ、このような守旧勢力の虚偽意識はさまざまな社会的問題を惹起させた。権威主義の文化、大規模な都市、貧民の量産、暴力と社会の葛藤など、その事例はあまりにも多くて、いちいち採り上げることもできないほどだ。三つ、そのような泥水を民が自らの「生」のなかで、浄化しなければならなかった。
이처럼 적반하장으로 이명박 정권과 뉴라이트는 그 공을 가로채서 '선진화'라는 단어를 마치 자신들의 전매특허인 양 채택했다. 선진화를 내세운 이들의 언어 조작은 벌써 도를 넘은 지 오래다. 공기업 민영화를 비롯해 가스, 수도, 전기, 국민건강보험 등의 민영화 계획이 국민 여론의 벽에 부딪치자 이를 '선진화'로 이름만 바꿔 시행하려 하고 있다. 심지어 시위 문화의 선진화라는 말까지 만들어낸 마당에, 아마 조금 있으면 언론 통제를 위해 국민 여론의 선진화라는 말도 만들어낼 것 같다.
このような居直り(賊反荷杖)で、イ・ミョンバク政権とニューライトはその功を横取りし、「先進化」という単語をまるで、自らの専売特許として採択した。先進化を前面に出したこれらの言語創作は、すでに度を越していて、久しい。公企業民営化から始まり、ガス、水道、電気、国民健康保険など民営化の計画が国民の世論の壁にぶつかると、これを「先進化」と名前を変え、試行しようとしている。さらに示威文化の先進化(*実際、ろうそくデモ以降市民・組合のデモや集団示威活動の規制はこのような美名のもと、規制が厳しくなった)という言葉まで造くられ、たぶんもう少し経てば、言論統制のための国民世論の先進化という言葉も造られるかもしれない。
이명박 정권과 뉴라이트한테 '선진화'를 선점당한 민주 진영은 '선진화'에 대항할 '진지'(단어)를 구축하지 못하고 속앓이를 하고 있다. 이명박 정권이 실제의 진상을 오도한다고만 할 뿐이다. 즉 "선진화는 그게 아니다"라는 말만 되풀이하고 있는데, 그렇다면 민주 진영이 '진정한 선진화'라도 추구하고 있다는 건가? 정치판을 '가짜 선진화' 대 '진짜 선진화'의 구도로라도 짜야 한다는 건가?
イ・ミョンバク政権とニューライトに「先進化」を先占された民主陣営は「先進化」に対抗する「真摯」(な単語)を構築できずに苦心している。イ・ミョンバク政権が実際の意味を誤用している(*原文直訳:「先進化」の美名で民衆を間違った道へ誘導する)と反駁するのみである。つまり、「先進化はそうではない」という言葉なかりを繰り返しているが、そうだとしたら、民主陣営は「本当の先進化」を追求しているというのだろうか?政治盤(*政局)を「真・先進化」対「偽・先進化」という構図にするというのだろうか?
이처럼 선진화의 내용은 정파에 따라 서로 다를지라도 선진화라는 말은 정파를 불문하고 한국 사회의 방향타가 되었다. 이를테면 민주노동당이나 진보신당에서조차 선진화라는 말을 무슨 수로 부정하겠는가? 우리 사회가 선진화돼서는 안 된다고 말할 수 있겠는가?
このように先進化という内容は党派(原文:政派)に従って、お互い違うかもしれないが、先進化という言葉は、党派を不問にしても韓国社会の方向舵(*目指すべきもの)になった。たとえば、民主労働党や進歩新党さえも先進化という言葉をどのような方法で否定するだろうか?私たちの社会が先進化してはいけないということを主張することができるだろうか?
그런데 여기서 꼭 짚고 넘어가야 할 점이 있다. 이석기 전 경찰청장이 눈물 흘리며 용산 참극을 거룩한 성전에 제물로서 바친 하느님이요, 이명박 대통령이 경제를 살리고 법과 질서를 지켜야 했기에 용산 참극을 초래한 잘못에 대해 결코 국민 앞에 사과할 수 없었던 하느님이요, 수구 세력들이 용산 참극을 색깔론으로 몰아갈 수 있었던 하느님, 그 하느님의 실체가 바로 지금 우리 한국 사회의 '선진화'라는 사실이다.
だが、ここで必ず確かめなかえればいけない点がある。イ・ソッキ前警察庁が涙を流しながら竜山惨劇(*2009年1月土地開発のための立ち退き反対闘争のなかで、篭城した建物が警察の過剰鎮圧による焼けて機動隊一名、活動家5名が犠牲になった事件)を偉大なる聖殿へ生け贄として捧げた神様であり、イ・ミョンバク大統領が経済を回復させ、法と秩序を守らなきゃならず、竜山惨劇を呼び起こした間違いについてけっして国民の前で謝罪することができなかった神様である。守旧勢力たちが竜山惨劇を色彩論(左翼=赤、ニューライト=青)として追い込むことができた神様、その神様の実態が、すなわち、今私たちの社会の「先進化」という事実である。
지금 대한민국에서는 민족을 제치고 돈이 최고의 가치가 되었다. 이 나라에서 선진화의 실제 기능은 '부자 되게 해주는 것'이다. 더욱이 이 나라는 선진화라는 의미를 조작하거나 왜곡할 필요도 없이 거짓 선진화를 기꺼이 받아들인다. 이명박 정권과 뉴라이트는 이런 사회 분위기에서 이른바 '이념을 제거한 실용주의'를 주창하면서 좌파를 선진화의 발목을 잡는 이데올로기 세력으로 매도한다. 그래서 이들은 민주정부 10년을 잃어버린 10년이라고 비난하는 것이다.
いま、大韓民国からは民族を置き去りにして、金が最高の価値になった。この国の先進化の実際の機能は、「お金持ちにしてくれること」だ。加えて、この国が先進化という意味を創作したり、歪曲する必要もなく偽・先進化を喜んで受け入れている。イ・ミョンバク政権とニューライトはそんな社会の雰囲気から、いわば「理念を除去した実用主義」を主張しながら差はを先進化の足を引っ張るイデオロギー勢力として罵倒する。そして、彼らは民主政府10年を失われた10年と非難するのである。
그러나 떠올려보라. 민주정부 10년 동안 개인주의가 얼마나 팽배하고 '부자 되세요'와 '웰빙'이 얼마나 붐을 이루었는지. 이것이야말로 신자유주의의 활약상이 아니고 무엇인가? 바로 이 기름진 토양 위에서 핀 꽃이 현 정권이 내거는 '선진화'다. 이들은 오직 돈이 목적인 사업을 계획하면서 여론의 반대에 부딪치면 선진화라는 말로 바꾸고 있다. 선진화가 무소불위의 힘을 발휘하고 있는 것이다.
しかし、思い返してみよう。民主政府10年の間個人主義がどんなに広まり、「お金持ちになってください」と「ウェルビング(*living wellからの造語、よりよい生活をというブームが韓国では2000年代中盤から広まっていた)」がどれくらいブームになったのか。これこそが新自由主義の活躍性ではなくなんだというのだろうか。この肥沃な土壌の上に咲いた花が現政権が掲げる「先進化」である。これらはただお金(資本蓄積)が目的である事業を計画しながら、世論の反対にぶつかり先進化という言葉に変えている。先進化が万事可能(無敵の)な力を発揮しているのである。
' 민족'만 해도 그렇다. 이중질곡의 시장에서 의미를 왜곡하려면 독재가 필요했는데, '선진화'에 이르러서는 의미의 왜곡이 불필요해지면서 사회 구성원 대다수가 자진해서 왜곡된 의미를 진정한 의미로 받아들이고, 더 나아가 그렇게 주장하는 사태가 벌어졌다. 수많은 희생을 통해 쟁취한 민주화의 내용이 그 알량한 다수결 원칙 말고는 아무것도 제대로 확보하지 못한 상태에서 우리 사회는 가짜-선진화의 독무대가 되기에 안성맞춤인 토양을 제공한다. 이렇게 해서 우리 사회는 말 그대로 돈이 판치는 세상이 되었다.
「民族」だけでもそうだ。二重の足かせの市場において意味を歪曲にするには独裁が必要であるのだが、「先進化」にいたっては意味の歪曲は不必要になり、社会の構成員の大多数が率先して、歪曲された意味を「正しい」意味として受け入れ、さらに進んでそれを主張する事態が起きたのだ。数多くの犠牲を通じて勝ち取った民主化の内容はそのみすぼらしい多数決の原則以外は何もまともなものを確保できない状態のなかで、私たちの社会は偽-先進化の独り舞台になるのに、あつらえ向きの土壌を提供している。そうして私たちの社会は言葉の通り金がものを言う世の中になってしまった。
이러한 비옥한 토양에서 뉴라이트는 '식민지 근대화⟶박정희의 개발 독재에 의한 근대화⟶선진화'라는 한국 근현대사의 뼈대를 새 교과서에서 주장하고자 하는 것이다.
このような肥沃な土壌で、ニューライトは「植民地近代化→パク・ジョンヒの開発独裁による近代化→先進化」という韓国の近現代史の骨組みを新しい教科書で主張しようとするものである。
이 것은 파시즘(재벌을 물적 기반으로 하는)을 향한 이론 구축 작업이다. 이대로 가면 민주주의는 종언을 고하게 된다. 그러나 6•2 지방선거에서 보았듯이 아직은 우리 국민에게 이를 저지할 힘이 있다. 문제는 정치 세력이다. 민주 세력이 파시즘에 대항해 어떠한 민주주의를, 어떠한 사회 발전을 대안으로 제시할 수 있을지 몹시 궁금하다. 그 대안을 제시하면서 선진화의 허구를 정면으로 돌파해야만 하는데, 과연 정면 돌파란 무엇일까?
こいれはファシズム(財閥を物的基盤とする)への理論構築作業である。このままいけば民主主義の終焉を告げることになる。しかし、6・2地方選挙(*2010年、最近行われた選挙。哨戒船沈没をことさら与党ハンナラ党は選挙の材料として北朝鮮の脅威を煽った、しかし、与党は負けることになる)でみたようにまだ私たち国民はこれを制止させる力がある。
問題は政治勢力である。民主勢力がこのファシズムへ対抗し、どのような民主主義を、そのような社会発展を、その対案を提示できるのか、それがとても気になる。その対案を提示しながら、先進化の虚構を正面突破しなければならないのだが、果たして正面突破とはなんだろうか。
이 에 대한 대답은 이 글의 주제도 아니려니와 내 능력을 벗어난다. 다만, 내 나름대로 선진화의 허구와 관련해서는 바로 다음에 이어지는 글 '진보는 퇴보의 다른 이름'에서 철저히 비판했음을 말해둔다. 그리고 '선진화'에 대항할 민주 진영의 '진지'(단어)로서 '자연화'를 제안한다.
これに対する答えはこの文の主題でもなければ、筆者の能力からも超えてしまう。しかし、私なりに先進化の虚構と関連して、すぐ次につながる文「進歩は退歩の別名」でも徹底的に批判したことを話しておく(プレシアン次号)。そして「先進化」へ対抗する民主陣営の「真智」(単語)
として「自然化」を提案する。
펜이 칼보다 무섭다고 했다. 지금까지 살펴본 것처럼 언어는 어마어마한 힘을 가지고 있다. 우파의 가면을 쓴 모리배들은 언어 조작술을 통해 권세를 누려왔다. 그들의 가장 빛나는 업적은 빨갱이라는 말을 생산한 것이다. 국어사전에는 빨갱이가 공산주의자를 속되게 이르는 말이라고 나와 있지만, 실제로 사용되는 것을 보면 전혀 그렇지가 않다. (이른바 우파들이 현대 중국 공산주의자들을 빨갱이라 하기는커녕 얼마나 잘 모시는지를 보라.)
ペンが剣より怖いという。今までみてきたように言語はとてつもない力をもっている。右派という仮面を被った謀利輩たちは言語の操作術を通じて権勢を享受してきた。彼らの一番輝かしい業績は「パルゲンイ(赤野郎)」という言葉を生産することであった。国語辞典で「パルゲンイ」が共産主義者を俗に表する言葉だと出ているが、実際の使用を見ると、まったくそうではない。
(いわば右派たちは現代の中国共産主義者たちをパルゲンイと呼ばずに、むしろ、どれくらい丁重におもてなしをしているのかをみよ)
오늘날 우리 사회에서 빨갱이는 반드시 처단해야 할 악마와 같은 존재로 취급받는다. 그러니까 아합 왕이 나봇의 포도원을 빼앗을 욕심에서 나봇이 하느님을 욕했다고 누명을 씌워 죽일 때와 같은 상황에서 쓰는 말인 것이다. 이 빨갱이야말로 우파의 가면을 쓴 모리배들이 자기 존립을 위해 만들어낸 환영 그 자체로만 이루어진 유령이다.
今日、私たちの社会ではパルゲンイは必ず処断しなければならない悪魔のような存在として扱われる。だから、アハプ王がナボットのぶどう園を横取りしょうと、ナボットが神を侮辱したという濡れ衣を着せ、殺したときの同じ状況で使われている言葉である。このパルゲンイこそ右派の仮面を被った謀利輩たちの自己存立のためにつくった幻影、それ自体でつくられた幽霊である。
이 유령 때문에 한국의 정치판은 아주 기형적이 되었다. 우파를 기준으로 정파들의 위치가 자리매김 되는 한국의 정치지형에서 우파가 없다는 사실은 참혹한 비극이다. 가짜-우파는 허상의 좌파를 설정하여 김대중과 노무현을 임의적으로 그 자리에 세우고서 '좌빨', 즉 좌파 빨갱이라는 이미지를 덧씌웠다.
この幽霊のせいて、韓国の政治盤(*政局)はとても奇形的になった。右派を基準に、党派たちの位置が占められる韓国の政治地形から、右派がいないという事実は残酷な悲劇である。偽ー右派は虚像の左派を設定し、キム・デジュンとノ・ムヒョンを恣意的にその位置に立たせ、「좌빨(ジャパル)*左赤という造語」つまり、左派パルゲンイというイメージをかぶせた。
과연 전 세계적인 우파 정책인신자유주의를 추진한 두 사람이 좌파일 수 있을까? 정치인과 정당의 성향을 정책을 바탕으로 평가하지 않는다면 도대체 무엇을 토대로 한단 말인가! 더욱이 김대중은 김성수 일파의 한민당을 계승한 옛 민주당의 신파(新派) 출신 아닌가? 그리고 그가 이끈 정당에서 나온 노무현은?
さて、全世界的に右派政策である新自由主義を推進したこの二人が左派であるだろうか?政治家と政党の性向を政策の背景として評価しないとしたら、一体、なにを土台にした話だろうか!加えて、キム・デジュンはキム・ソンス一派のハンミン党を継承した旧民主党の新派出身ではなかったか?そして彼が牽引した政党から出てきたノ・ムヒョンは?
이 들이 이끄는 세력을 사람들이 좌파라고 부르는 순간, 우파 활동이라는 이름이 가리켜야 할 실제 대상(민주정권의 정치 활동)을 좌파 활동으로 받아들이는 기형적인 사태가 벌어지고 만다. 또 신자유주의 정책 탓에 빚어진 심각한 양극화가 마치 좌파가 내놓은 정책이 잘못되었기 때문인 것처럼 간주되면서 실제 좌파의 정책은 그 그늘에 묻히게 될 가능성이 높다.
彼らが牽引する勢力を人々が左派と呼ぶ瞬間、右派活動という名前が明示すべき実際の対象(民主政権の政治活動)を左派活動として受け入れる奇形的な事態がおきている。また、新自由主義政策のせいで引き起こされた両極化(格差)がまるで左派が提示した政策が間違っていたからとみなされ、実際の左派の政策はその影に埋もれる可能性が高い。
지금 한국 사회에서는 정명(正名)을 찾는 일이 무엇보다 중요하다. 가장 시급한 것은 'MBC에 정명을 찾아주는 일'-지난 2008년 방송문화진흥회 20주년 기념식장에서 최시중 방통위원장이 MBC를 비난하기 위해서 한 말. "MBC는 공영방송인가 공민영방송인가 민영방송인가. 과연 MBC의 정명은 무엇인가를 돌아볼 시점이다."-이 아니라 이데올로기와 관련된 이름들의 정명을 찾아주는 일이다.
いま、韓国社会では正しい名前(正名)を探すことがなによりも重要である。一番性急的なのは「MBC(韓国の民放テレビ局文化放送)に正しい名前を探してあげること」-2008年放送文化振興会20周年記念式場で、チェ・シジュン放送通信委員長がMBCを非難するために使った言葉、「MBCは公営放送なのか、公民営放送なのか民営放送なのか、果たしてMBCの正しい名前(正名)はなんなのかを振り返る時期だ」-ではなく、イデオロギーと関連した名前たちの「正しい名前(正名)」を探してあげることである。
이 데올로기 조작은 이름의 의미가 지닌 정신적인 분위기를 만들어낸다. 오피니언 리더들은 의미의 공급자이기 때문에 자의든 타의든 이데올로기 조작의 주역을 맡고 있다. 그러므로 오늘날과 같은 공급자 일변도의 언어 시장에서 가장 시급하고 중요한 일은 소비자운동이다.
このイデオロギー操作(創作)は名前の意味が担う精神的雰囲気をつくりあげる。オピニオンリーダーたちは意味の供給者であるから、自分の意志だろうが、他意だろうがイデオロギー操作の主役を担っている。だから、今日のような供給者一辺倒の言語市場から一番緊急で、重要なことは消費者運動である。
정명은 사용자가 붙여줄 수밖에 없다. 이때의 대원칙은 실제 쓰임새와 일치하는 이름만을 구매하는 것이다. 어느 누구도 아닌 소비자가 모든 불량품과 허위 제품을 반품하고 불매 운동에 나서야 한다.
「正しい名前」は使用者が名前をつけてあげるしかない。このとき大原則は実際の使用と一致する名前だけを購買することだ。どの誰でもない消費者がすべての不良品と虚偽の製品を返品して、不買運動に出なければならない。
(著述家:キム・ヨンジョン)
韓国の進歩的ニュースサイト:프레시안PRESSianより
http://www.pressian.com/article/article.asp?article_num=50100711212846&Section=04
「キム・ヨンジョンの雑説より」
翻訳してみる。
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우파의 가면을 쓴 모리배 ③
右派という仮面を被ったモリベ(謀利輩:利益をむさぼるやからという韓国の名詞)
그러면 시대를 건너뛰어 뉴라이트에 대해 살펴보자. 이들의 핵심 이론인 식민지근대화론이 일제 강점기 민족개량주의 이론의 현대판이기 때문이다.
さて時代を飛び越えて、ニューライトについてみてみよう。彼らの核心となる理論である植民地近代化論は、日本帝国占領期の民族改良主義の現代版であるからだ。
한 국의 신보수라면 얼마든지 장밋빛 이념을 내놓을 수 있었을 텐데, 하고 많은 이론 중에서 왜 하필이면 이 이론을 들고 나왔을까? 낡아빠지고 친일파를 옹호하는 이 이론은 이른바 보수 우파의 거짓 없는 자기 고백이라는 점에서 중요한 의의가 있다. 말하자면 이제 조작을 그만두고 정확한 이름을 찾겠다는 의지(!)로 보인다. 그만큼 세상이 변한 것이다.
韓国の新保守は、いくらでもばら色の理念を主張することもできたというのに、数多くある理論のなかで、なぜ、わざわざこんな理論を持ってきたのだろうか。古臭く、「親日派(旧植民地時代の日帝協力者)」を擁護するこの理論はいわば保守右派の嘘のない自己告白(自白)という点で重要な意義がある。いうなれば、もう創作(偽装)はやめて、正確な名前を探すという意志(!)にみえる。それくらいこの世界(時代)が変わったのだ。
뉴라이트는 냉전의 종식과 함께 불어닥친 세계화의 물결, 신자유주의와 네오콘(미국의 신보수주의자들)의 득세, 민주정부 10년이라는 객관적인 조건 속에서 자기를 무장했다. 이 시기에는 '민족'이라는 화두가 쇠퇴하고 '선진화'가 급부상하기 좋은 분위기가 흐르고 있었다.
ニューライトは冷戦の終焉とともに押し寄せてきた世界化の流れ、新自由主義とネオコン(アメリカの新保守主義者たち)の勢力拡大、民主政府10年(*韓国キム・デジュン、ノムヒョン民主党政権時代)という客観的条件のなかで自己を武装した。この時期に「民族」という言葉が衰退し、「先進化」が急浮上するのによい雰囲気が流れていた。
민주정부 10년 동안, 정권이 민족에 대한 콤플렉스가 없는 관계로 민족주의에서 자유로울 수 있는 공간이 열렸다. (친일파를 기반으로 한 이승만과 일본군 장교였던 박정희가 민족에 대한 콤플렉스 때문에 그것을 보상하기 위해 민족을 전면에 내세우지 않을 수 없었던 것과 비교가 된다.) 게다가 민주정부는 세계화와 신자유주의를 추구하는 데 앞장섰다. 이런 흐름 속에서는 이념보다는 전문성이 각광을 받았다. 동시에 고급 교육에 대한 수요도 폭발적으로 늘었다.
民主政府10年の間、政権が民族に対するコンプレックスがない関係で民族主義から自由になれる空間が開けた。(「親日派」を基盤としたイ・スンマンと旧日本軍将校であったパク・チョンヒが民族に対するコンプレックスのせいでそれを保障するために民族を前面に押し出せずにいたことと比較ができる)そして、民主政府は世界化と新自由主義を推し進めるのに先頭に立った。このような流れのなかで、理念よりは専門性が脚光を浴びた。同時に高級教育に対する需要も爆発的に増えた。
이 같은 분위기에서 뉴라이트는 이념에 구애받지 말고 한국 사회의 여러 문제, 특히 역사 문제를 객관적인 사실을 통해 구명하자는 논리를 들고 나왔다. 여기에다 높아진 국민의 교육 수준―그 결과, '합리성'이 가치 척도의 기준이 된다―도 한몫해 새로운 의미 조작의 토대가 마련된 것이다.
このような雰囲気のなかで、ニューライトは理念を求めずに、韓国社会のさまざまな問題、とくに歴史問題を客観的事実を通じて究明しようとする論理を持ち出してきた。さらに高くなった国民の教育水準―その結果「合理性」が価値尺度の基準になる―も手助けして、新しい意味造作(偽装)の土台が準備されたのであった。
합리성•전문성•객관성 등이 사회 운영의 원리로 자리 잡으면서 뉴라이트는 그들 선배들이 명분으로 내걸었던 민족의 짐을 벗어던지고, 옛날 역사를 오직 '발전'이라는 객관적 사실에만 근거하여 민족 감정에 치우침 없이 실증적으로 구명하겠다고 나섰다. 이들은 그것만이 사회 발전의 발목을 잡는 이념에서 벗어나 한국 사회를 선진화시킬 수 있다고 주장한다. 같은 선상에서 이명박 정권은 사회 발전의 방향을 '선진화'로 확정했다.
合理性・専門性・客観性などが、社会運営の原理に位置取られながらニューライトは彼らの先輩たちの名分として掲げた民族の荷物を脱ぎ捨て、昔の歴史はただ「発展」という客観的事実のみを根拠に、民族感情に左右されず、実証的に究明するという。彼らのそれだけが社会発展の足を引っ張る理念から解放され韓国社会を先進化することができると主張する。その同じ線上にイ・ミョンバク政権は社会発展の方向を「先進化」へ確定した。
이처럼 한국 사회가 세계화와 신자유주의의 흐름을 내면화하는 과정에서 '선진화'는 가장 식욕 좋은 '욕망'이 된 것이다. 과거에 '민족'이 그랬던 것처럼 현재는 그 자리를 '선진화'가 차지했다. 이명박 정권과 뉴라이트는 옛 선배들의 전례를 본받아 적반하장 식으로 이 단어를 선점했다.
このように韓国社会が世界化と新自由主義の流れを内面化する過程で「先進化」は一番美味しい「欲望」になったのだ。過去の「民族」がそうであったように現在のその場所を「先進化」が支配した。イ・ミョンバク政権とニューライトは昔の先輩の前例を継承し、賊反荷杖(居直り)式にこの単語を先占した。
어떻게 적반하장인지 간단히만 보자. 군사독재에서 민주화로 가는 선진화를 가로막은 게 누구인가? 그리고 자신이야말로 산업화의 주역이라고 금과옥조처럼 말하는데, 과연 그 진정한 주역은 누구인가? 독재가 아닌 민주주의를 기준으로 판단하면 그 주역은 '민(民)'임에도 불구하고, 이명박 정권과 뉴라이트는 '산업화의 청사진'에 따라서 '민'을 조직하고 끌고 간 지도력이 중요하다는 이유로 그 공(功)을 자기들(군사 독재 세력)에게 돌린다. 이름하여 개발독재.
どのような居直り(賊反荷杖)なのか、簡単に見てみよう。軍事独裁から民主化へ移行する先進化を歯止めするのは誰なのか?そして、自分たちこそが産業化の主役だと「金科玉条(重要な法則・規定、プリンシプル?)」のように主張するが、さてその本当の主役は誰なのか?独裁ではない民主主義の基準で判断するなら、その主役は「民」であるにもかかわらず、イ・ミョンバクとニューライトは「産業化の青写真」にならって「民」を組織し、牽引した指導力が重要であるという理由で、その功(積)が自分たち(軍事独裁勢力)にあるという。名づけて開発独裁。
이런 의식이야말로 치졸함과 무식의 소치인데, 그 이유로 세 가지를 들겠다. 첫째, 건물이 청사진에 따라 지어진다는 생각은 그릇된 환상이라는 사실이 20세기 학문의 성과로 밝혀졌다. 건물은 건축가가 짓는 것이 아니라 관련된 사람들의 커뮤니케이션이 이루어낸 결과다. 둘째, 이러한 수구 세력의 허위의식은 어마어마한 사회적 문제를 야기했다. 권위주의 문화, 대규모 도시 빈민의 양산, 폭력과 사회 갈등 등 그 사례는 하도 많아서 일일이 꼽을 수조차 없을 정도다. 셋째, 그러한 흙탕물을 민(民)이 삶 속에서 정화했다.
このような意識こそ、稚拙さと無知の骨頂なのだが、その理由として三つをあげよう。一つ、建物が青写真によってつくられるという思考は、誤った幻想であるという事実が20世紀学問の成果で明らかになった。建物は建築家が建てるのではなく関連した人々のコミュニケーションが成し遂げた結果だ。二つ、このような守旧勢力の虚偽意識はさまざまな社会的問題を惹起させた。権威主義の文化、大規模な都市、貧民の量産、暴力と社会の葛藤など、その事例はあまりにも多くて、いちいち採り上げることもできないほどだ。三つ、そのような泥水を民が自らの「生」のなかで、浄化しなければならなかった。
이처럼 적반하장으로 이명박 정권과 뉴라이트는 그 공을 가로채서 '선진화'라는 단어를 마치 자신들의 전매특허인 양 채택했다. 선진화를 내세운 이들의 언어 조작은 벌써 도를 넘은 지 오래다. 공기업 민영화를 비롯해 가스, 수도, 전기, 국민건강보험 등의 민영화 계획이 국민 여론의 벽에 부딪치자 이를 '선진화'로 이름만 바꿔 시행하려 하고 있다. 심지어 시위 문화의 선진화라는 말까지 만들어낸 마당에, 아마 조금 있으면 언론 통제를 위해 국민 여론의 선진화라는 말도 만들어낼 것 같다.
このような居直り(賊反荷杖)で、イ・ミョンバク政権とニューライトはその功を横取りし、「先進化」という単語をまるで、自らの専売特許として採択した。先進化を前面に出したこれらの言語創作は、すでに度を越していて、久しい。公企業民営化から始まり、ガス、水道、電気、国民健康保険など民営化の計画が国民の世論の壁にぶつかると、これを「先進化」と名前を変え、試行しようとしている。さらに示威文化の先進化(*実際、ろうそくデモ以降市民・組合のデモや集団示威活動の規制はこのような美名のもと、規制が厳しくなった)という言葉まで造くられ、たぶんもう少し経てば、言論統制のための国民世論の先進化という言葉も造られるかもしれない。
이명박 정권과 뉴라이트한테 '선진화'를 선점당한 민주 진영은 '선진화'에 대항할 '진지'(단어)를 구축하지 못하고 속앓이를 하고 있다. 이명박 정권이 실제의 진상을 오도한다고만 할 뿐이다. 즉 "선진화는 그게 아니다"라는 말만 되풀이하고 있는데, 그렇다면 민주 진영이 '진정한 선진화'라도 추구하고 있다는 건가? 정치판을 '가짜 선진화' 대 '진짜 선진화'의 구도로라도 짜야 한다는 건가?
イ・ミョンバク政権とニューライトに「先進化」を先占された民主陣営は「先進化」に対抗する「真摯」(な単語)を構築できずに苦心している。イ・ミョンバク政権が実際の意味を誤用している(*原文直訳:「先進化」の美名で民衆を間違った道へ誘導する)と反駁するのみである。つまり、「先進化はそうではない」という言葉なかりを繰り返しているが、そうだとしたら、民主陣営は「本当の先進化」を追求しているというのだろうか?政治盤(*政局)を「真・先進化」対「偽・先進化」という構図にするというのだろうか?
이처럼 선진화의 내용은 정파에 따라 서로 다를지라도 선진화라는 말은 정파를 불문하고 한국 사회의 방향타가 되었다. 이를테면 민주노동당이나 진보신당에서조차 선진화라는 말을 무슨 수로 부정하겠는가? 우리 사회가 선진화돼서는 안 된다고 말할 수 있겠는가?
このように先進化という内容は党派(原文:政派)に従って、お互い違うかもしれないが、先進化という言葉は、党派を不問にしても韓国社会の方向舵(*目指すべきもの)になった。たとえば、民主労働党や進歩新党さえも先進化という言葉をどのような方法で否定するだろうか?私たちの社会が先進化してはいけないということを主張することができるだろうか?
그런데 여기서 꼭 짚고 넘어가야 할 점이 있다. 이석기 전 경찰청장이 눈물 흘리며 용산 참극을 거룩한 성전에 제물로서 바친 하느님이요, 이명박 대통령이 경제를 살리고 법과 질서를 지켜야 했기에 용산 참극을 초래한 잘못에 대해 결코 국민 앞에 사과할 수 없었던 하느님이요, 수구 세력들이 용산 참극을 색깔론으로 몰아갈 수 있었던 하느님, 그 하느님의 실체가 바로 지금 우리 한국 사회의 '선진화'라는 사실이다.
だが、ここで必ず確かめなかえればいけない点がある。イ・ソッキ前警察庁が涙を流しながら竜山惨劇(*2009年1月土地開発のための立ち退き反対闘争のなかで、篭城した建物が警察の過剰鎮圧による焼けて機動隊一名、活動家5名が犠牲になった事件)を偉大なる聖殿へ生け贄として捧げた神様であり、イ・ミョンバク大統領が経済を回復させ、法と秩序を守らなきゃならず、竜山惨劇を呼び起こした間違いについてけっして国民の前で謝罪することができなかった神様である。守旧勢力たちが竜山惨劇を色彩論(左翼=赤、ニューライト=青)として追い込むことができた神様、その神様の実態が、すなわち、今私たちの社会の「先進化」という事実である。
지금 대한민국에서는 민족을 제치고 돈이 최고의 가치가 되었다. 이 나라에서 선진화의 실제 기능은 '부자 되게 해주는 것'이다. 더욱이 이 나라는 선진화라는 의미를 조작하거나 왜곡할 필요도 없이 거짓 선진화를 기꺼이 받아들인다. 이명박 정권과 뉴라이트는 이런 사회 분위기에서 이른바 '이념을 제거한 실용주의'를 주창하면서 좌파를 선진화의 발목을 잡는 이데올로기 세력으로 매도한다. 그래서 이들은 민주정부 10년을 잃어버린 10년이라고 비난하는 것이다.
いま、大韓民国からは民族を置き去りにして、金が最高の価値になった。この国の先進化の実際の機能は、「お金持ちにしてくれること」だ。加えて、この国が先進化という意味を創作したり、歪曲する必要もなく偽・先進化を喜んで受け入れている。イ・ミョンバク政権とニューライトはそんな社会の雰囲気から、いわば「理念を除去した実用主義」を主張しながら差はを先進化の足を引っ張るイデオロギー勢力として罵倒する。そして、彼らは民主政府10年を失われた10年と非難するのである。
그러나 떠올려보라. 민주정부 10년 동안 개인주의가 얼마나 팽배하고 '부자 되세요'와 '웰빙'이 얼마나 붐을 이루었는지. 이것이야말로 신자유주의의 활약상이 아니고 무엇인가? 바로 이 기름진 토양 위에서 핀 꽃이 현 정권이 내거는 '선진화'다. 이들은 오직 돈이 목적인 사업을 계획하면서 여론의 반대에 부딪치면 선진화라는 말로 바꾸고 있다. 선진화가 무소불위의 힘을 발휘하고 있는 것이다.
しかし、思い返してみよう。民主政府10年の間個人主義がどんなに広まり、「お金持ちになってください」と「ウェルビング(*living wellからの造語、よりよい生活をというブームが韓国では2000年代中盤から広まっていた)」がどれくらいブームになったのか。これこそが新自由主義の活躍性ではなくなんだというのだろうか。この肥沃な土壌の上に咲いた花が現政権が掲げる「先進化」である。これらはただお金(資本蓄積)が目的である事業を計画しながら、世論の反対にぶつかり先進化という言葉に変えている。先進化が万事可能(無敵の)な力を発揮しているのである。
' 민족'만 해도 그렇다. 이중질곡의 시장에서 의미를 왜곡하려면 독재가 필요했는데, '선진화'에 이르러서는 의미의 왜곡이 불필요해지면서 사회 구성원 대다수가 자진해서 왜곡된 의미를 진정한 의미로 받아들이고, 더 나아가 그렇게 주장하는 사태가 벌어졌다. 수많은 희생을 통해 쟁취한 민주화의 내용이 그 알량한 다수결 원칙 말고는 아무것도 제대로 확보하지 못한 상태에서 우리 사회는 가짜-선진화의 독무대가 되기에 안성맞춤인 토양을 제공한다. 이렇게 해서 우리 사회는 말 그대로 돈이 판치는 세상이 되었다.
「民族」だけでもそうだ。二重の足かせの市場において意味を歪曲にするには独裁が必要であるのだが、「先進化」にいたっては意味の歪曲は不必要になり、社会の構成員の大多数が率先して、歪曲された意味を「正しい」意味として受け入れ、さらに進んでそれを主張する事態が起きたのだ。数多くの犠牲を通じて勝ち取った民主化の内容はそのみすぼらしい多数決の原則以外は何もまともなものを確保できない状態のなかで、私たちの社会は偽-先進化の独り舞台になるのに、あつらえ向きの土壌を提供している。そうして私たちの社会は言葉の通り金がものを言う世の中になってしまった。
이러한 비옥한 토양에서 뉴라이트는 '식민지 근대화⟶박정희의 개발 독재에 의한 근대화⟶선진화'라는 한국 근현대사의 뼈대를 새 교과서에서 주장하고자 하는 것이다.
このような肥沃な土壌で、ニューライトは「植民地近代化→パク・ジョンヒの開発独裁による近代化→先進化」という韓国の近現代史の骨組みを新しい教科書で主張しようとするものである。
이 것은 파시즘(재벌을 물적 기반으로 하는)을 향한 이론 구축 작업이다. 이대로 가면 민주주의는 종언을 고하게 된다. 그러나 6•2 지방선거에서 보았듯이 아직은 우리 국민에게 이를 저지할 힘이 있다. 문제는 정치 세력이다. 민주 세력이 파시즘에 대항해 어떠한 민주주의를, 어떠한 사회 발전을 대안으로 제시할 수 있을지 몹시 궁금하다. 그 대안을 제시하면서 선진화의 허구를 정면으로 돌파해야만 하는데, 과연 정면 돌파란 무엇일까?
こいれはファシズム(財閥を物的基盤とする)への理論構築作業である。このままいけば民主主義の終焉を告げることになる。しかし、6・2地方選挙(*2010年、最近行われた選挙。哨戒船沈没をことさら与党ハンナラ党は選挙の材料として北朝鮮の脅威を煽った、しかし、与党は負けることになる)でみたようにまだ私たち国民はこれを制止させる力がある。
問題は政治勢力である。民主勢力がこのファシズムへ対抗し、どのような民主主義を、そのような社会発展を、その対案を提示できるのか、それがとても気になる。その対案を提示しながら、先進化の虚構を正面突破しなければならないのだが、果たして正面突破とはなんだろうか。
이 에 대한 대답은 이 글의 주제도 아니려니와 내 능력을 벗어난다. 다만, 내 나름대로 선진화의 허구와 관련해서는 바로 다음에 이어지는 글 '진보는 퇴보의 다른 이름'에서 철저히 비판했음을 말해둔다. 그리고 '선진화'에 대항할 민주 진영의 '진지'(단어)로서 '자연화'를 제안한다.
これに対する答えはこの文の主題でもなければ、筆者の能力からも超えてしまう。しかし、私なりに先進化の虚構と関連して、すぐ次につながる文「進歩は退歩の別名」でも徹底的に批判したことを話しておく(プレシアン次号)。そして「先進化」へ対抗する民主陣営の「真智」(単語)
として「自然化」を提案する。
펜이 칼보다 무섭다고 했다. 지금까지 살펴본 것처럼 언어는 어마어마한 힘을 가지고 있다. 우파의 가면을 쓴 모리배들은 언어 조작술을 통해 권세를 누려왔다. 그들의 가장 빛나는 업적은 빨갱이라는 말을 생산한 것이다. 국어사전에는 빨갱이가 공산주의자를 속되게 이르는 말이라고 나와 있지만, 실제로 사용되는 것을 보면 전혀 그렇지가 않다. (이른바 우파들이 현대 중국 공산주의자들을 빨갱이라 하기는커녕 얼마나 잘 모시는지를 보라.)
ペンが剣より怖いという。今までみてきたように言語はとてつもない力をもっている。右派という仮面を被った謀利輩たちは言語の操作術を通じて権勢を享受してきた。彼らの一番輝かしい業績は「パルゲンイ(赤野郎)」という言葉を生産することであった。国語辞典で「パルゲンイ」が共産主義者を俗に表する言葉だと出ているが、実際の使用を見ると、まったくそうではない。
(いわば右派たちは現代の中国共産主義者たちをパルゲンイと呼ばずに、むしろ、どれくらい丁重におもてなしをしているのかをみよ)
오늘날 우리 사회에서 빨갱이는 반드시 처단해야 할 악마와 같은 존재로 취급받는다. 그러니까 아합 왕이 나봇의 포도원을 빼앗을 욕심에서 나봇이 하느님을 욕했다고 누명을 씌워 죽일 때와 같은 상황에서 쓰는 말인 것이다. 이 빨갱이야말로 우파의 가면을 쓴 모리배들이 자기 존립을 위해 만들어낸 환영 그 자체로만 이루어진 유령이다.
今日、私たちの社会ではパルゲンイは必ず処断しなければならない悪魔のような存在として扱われる。だから、アハプ王がナボットのぶどう園を横取りしょうと、ナボットが神を侮辱したという濡れ衣を着せ、殺したときの同じ状況で使われている言葉である。このパルゲンイこそ右派の仮面を被った謀利輩たちの自己存立のためにつくった幻影、それ自体でつくられた幽霊である。
이 유령 때문에 한국의 정치판은 아주 기형적이 되었다. 우파를 기준으로 정파들의 위치가 자리매김 되는 한국의 정치지형에서 우파가 없다는 사실은 참혹한 비극이다. 가짜-우파는 허상의 좌파를 설정하여 김대중과 노무현을 임의적으로 그 자리에 세우고서 '좌빨', 즉 좌파 빨갱이라는 이미지를 덧씌웠다.
この幽霊のせいて、韓国の政治盤(*政局)はとても奇形的になった。右派を基準に、党派たちの位置が占められる韓国の政治地形から、右派がいないという事実は残酷な悲劇である。偽ー右派は虚像の左派を設定し、キム・デジュンとノ・ムヒョンを恣意的にその位置に立たせ、「좌빨(ジャパル)*左赤という造語」つまり、左派パルゲンイというイメージをかぶせた。
과연 전 세계적인 우파 정책인신자유주의를 추진한 두 사람이 좌파일 수 있을까? 정치인과 정당의 성향을 정책을 바탕으로 평가하지 않는다면 도대체 무엇을 토대로 한단 말인가! 더욱이 김대중은 김성수 일파의 한민당을 계승한 옛 민주당의 신파(新派) 출신 아닌가? 그리고 그가 이끈 정당에서 나온 노무현은?
さて、全世界的に右派政策である新自由主義を推進したこの二人が左派であるだろうか?政治家と政党の性向を政策の背景として評価しないとしたら、一体、なにを土台にした話だろうか!加えて、キム・デジュンはキム・ソンス一派のハンミン党を継承した旧民主党の新派出身ではなかったか?そして彼が牽引した政党から出てきたノ・ムヒョンは?
이 들이 이끄는 세력을 사람들이 좌파라고 부르는 순간, 우파 활동이라는 이름이 가리켜야 할 실제 대상(민주정권의 정치 활동)을 좌파 활동으로 받아들이는 기형적인 사태가 벌어지고 만다. 또 신자유주의 정책 탓에 빚어진 심각한 양극화가 마치 좌파가 내놓은 정책이 잘못되었기 때문인 것처럼 간주되면서 실제 좌파의 정책은 그 그늘에 묻히게 될 가능성이 높다.
彼らが牽引する勢力を人々が左派と呼ぶ瞬間、右派活動という名前が明示すべき実際の対象(民主政権の政治活動)を左派活動として受け入れる奇形的な事態がおきている。また、新自由主義政策のせいで引き起こされた両極化(格差)がまるで左派が提示した政策が間違っていたからとみなされ、実際の左派の政策はその影に埋もれる可能性が高い。
지금 한국 사회에서는 정명(正名)을 찾는 일이 무엇보다 중요하다. 가장 시급한 것은 'MBC에 정명을 찾아주는 일'-지난 2008년 방송문화진흥회 20주년 기념식장에서 최시중 방통위원장이 MBC를 비난하기 위해서 한 말. "MBC는 공영방송인가 공민영방송인가 민영방송인가. 과연 MBC의 정명은 무엇인가를 돌아볼 시점이다."-이 아니라 이데올로기와 관련된 이름들의 정명을 찾아주는 일이다.
いま、韓国社会では正しい名前(正名)を探すことがなによりも重要である。一番性急的なのは「MBC(韓国の民放テレビ局文化放送)に正しい名前を探してあげること」-2008年放送文化振興会20周年記念式場で、チェ・シジュン放送通信委員長がMBCを非難するために使った言葉、「MBCは公営放送なのか、公民営放送なのか民営放送なのか、果たしてMBCの正しい名前(正名)はなんなのかを振り返る時期だ」-ではなく、イデオロギーと関連した名前たちの「正しい名前(正名)」を探してあげることである。
이 데올로기 조작은 이름의 의미가 지닌 정신적인 분위기를 만들어낸다. 오피니언 리더들은 의미의 공급자이기 때문에 자의든 타의든 이데올로기 조작의 주역을 맡고 있다. 그러므로 오늘날과 같은 공급자 일변도의 언어 시장에서 가장 시급하고 중요한 일은 소비자운동이다.
このイデオロギー操作(創作)は名前の意味が担う精神的雰囲気をつくりあげる。オピニオンリーダーたちは意味の供給者であるから、自分の意志だろうが、他意だろうがイデオロギー操作の主役を担っている。だから、今日のような供給者一辺倒の言語市場から一番緊急で、重要なことは消費者運動である。
정명은 사용자가 붙여줄 수밖에 없다. 이때의 대원칙은 실제 쓰임새와 일치하는 이름만을 구매하는 것이다. 어느 누구도 아닌 소비자가 모든 불량품과 허위 제품을 반품하고 불매 운동에 나서야 한다.
「正しい名前」は使用者が名前をつけてあげるしかない。このとき大原則は実際の使用と一致する名前だけを購買することだ。どの誰でもない消費者がすべての不良品と虚偽の製品を返品して、不買運動に出なければならない。
(著述家:キム・ヨンジョン)
韓国の進歩的ニュースサイト:프레시안PRESSianより
http://www.pressian.com/article/article.asp?article_num=50100711212846&Section=04
「キム・ヨンジョンの雑説より」
ナショナルな幻想が打ち破られるとき、それは失恋に似て、現実界との邂逅でもあるが、不安に耐えられず人はまたすぐ想像界に引き戻され幻想を生きる★
どっかで書いたコメントを編集。
在日朝鮮・韓国人の渡日の経緯について「強制連行」を思い出すひとがいると思われるが、それは一部事実であるが、それだけでは逆に日本の植民地支配(侵略)の問題と現在に続く問題を矮小化、短略化させる。
私は「特権的に」在日朝鮮・韓国人や中国人が被害者であるとおもっているわけではない。
被害者とは個別の、個人の問題であり、帰属の問題は、心理的な不愉快でしかない。(反日?逆差別?)
だからといって、強制労働、強制徴用の問題、植民地支配による抑圧/被抑圧の関係がないがしろにされることに否定的だ。もちろん、ポジショナリティーの問題も、重要だ。日本人と在日の位置関係。実生活ではほぼ見落としがちな潜在的権力的格差。
植民地侵略(日本保守・右翼に言わせれば進出?)は、勝手な支配者側の論理、言い分としては、
植民地近代化によって発展させ、インフラを充実させたと、むしろ、搾取されたのは
私たちなのよ!(マンガ嫌韓流より)
右派、保守派は「いいこともやった」と言い訳しているわけだけど、
根本的に「植民地支配・侵略」による近代化のひとつの問題点を取り上げたい。
日教組の平和教育でも、なかなか教えてもらえないものだろう。
俺も説明しずらい。
植民地近代化について。
日本帝国の近代化と工業化による農村から都市へ流入する過程で、都市の雇用が農村から流入する人口を包摂することができず、より多くの失業者、流浪の人を増やしたことが、植民地近代化の最大の問題。
それは、大きな社会変動による労働人口流入の問題である。
工業化はすすむが、
農村→(外地朝鮮)都市への移動ができなくなったら、必然的に貧しい人たち
(とくに朝鮮半島の南の地方の人々)、内地である日本に流入して、
仕事を求めにいくしかない。(これをネトウヨや右派に人間は自由意志の「移民」と呼ぶ)
経済難民化せざるを得ない
それは内地において労働力が不足したとき、総督府および日本政府も許可していたことで
なんら違法的なものではない(これを不法入国者として一部ネトウヨは在日全員を不法入国扱いしている)
また、過剰に流入が増えたときは、日本政府は規制もしていた。つまり、雇用の調節弁として、外地(半島)の労働力を利用していた。(これは日中戦争以前から)
いまの「入国管理局」が、日本の労働力が不足したときに、
一時的に「外国人労働者」の流入を
認め、さらに「オーバーステイ」を事実上認めながらも、なんらかの理由
(政府や役所の都合?日本人雇用枠の減少など、あるいは治安悪化という世論がもりあがるとき)いっせいに取り締まって、品川の入管に閉じ込めて、強制送還を待ちながら、受刑者のような生活を強いられている立派な人権侵害が行われていることはこの文脈ではずれるが。それと似ている。(不法入国だっだが、日本で生活基盤を築いて日本人と結婚もしてた
ガーナ人男性は強制送還のさいに飛行機登場直前暴れて、警察に取り押さえられ死亡
当時の警察の過失によって死亡した可能性が高い)
日本帝国のみならず先進資本諸国家(元植民地侵略国家)では、帝国主義、植民地主義から現在まで過酷の程度の差はあるかもしれないが、一貫して行われていることであると思う。
そもそも、土地調査事業(1910~1919)と称して、農民から土地を収奪し、仕事を奪い、
さらに地主の両班を懐柔して、「親日派」にさせ、日本統治下のもとで農業生産手段をより強く管理し
(韓国でよく言われている話だが、「舞妓」、「妓生」遊び、また花札で懐柔させていたという言い伝えもある)産米増殖計画期では、近代化による半島の米生産量も向上したが、多くが内地へ送られ、
農民の搾取と失業者の増加による困窮はより酷くなったのはいうまでもない。
まるで、産業革命以降マルクスが憂いでいた下層労働者の搾取状況や、レーニンが憂いだ帝政ロシアの農奴の苦しみにも似ている。
近代化によって、苦しんだ内地の農民や下層労働者は
当時マルクス主義やアナーキズムに傾倒していった。だから、戦後まもないころ、共産主義やマルクス主義が盛り上がったことは理解できる。戦後朝鮮人が暴動を起こしたというのも、日本の左翼勢力(貧しい労働層)とともに権力獲得闘争や社会変革、民族の権利獲得のために運動し、闘った痕跡である。
それと闇市をしきった暴力団の朝鮮人(運動する朝鮮人にくらべて少数)のイメージが合わさり、戦後日本人にとって「三国人」という差別用語と暴力的なイメージという偏見が構築されたことはいうまでもない。
そして、戦後から続く社会変革の運動は、ベトナム反戦69年熱い秋を経て、
それは70年代までの日本の学生運動にまで強い影響を及ぼしていると思う。
そもそも韓国の4・19革命は、日本の第一次安保闘争に強く影響していたのだから。
あとは植民地責任・戦後責任について、
もちろん「日本」とは国民国家主体のことで、主権国民たる「日本籍者」に、後ろめたさを感じろとか、謝れとか、罪悪感を感じろということをいうつもりはない。
むしろ、私の友人である日本人にそんな気持ちは持ってほしくない。責任主体は
旧帝国の戦争・侵略の多くを中途半端に処理した現日本政府である。
責任感の有無を一人一人の「日本籍者」に問うつもりはない。
自覚を促す言説を垂れ流しているかもしれないが。
当時の植民地近代化が誰にとって幸せなのか。
現在の「日本」の右傾化した人間に問いたい。
君たちは帝国主義を肯定する「支配者」側、ブルジョアジーの側のアイデンティティーと社会的位置(ポジショナリティー)を維持しながら、抑圧者であることを選択し続けるのかと。誰かの幸せを踏みにじるのは快楽なのかと。
たしかに、難しい問題だ。ネトウヨやねらーは他人の不幸は「メシウマ」だからな。
中国やほかの東南アジアの国への「戦争責任」、台湾や朝鮮・韓国に対する「植民地責任」の清算とは、まず日本国家の政府が一貫して毅然とした態度と、法整備化ではないかと。
個人が抱く申し訳なさはかえってじゃま。
さらに、国家間の協議の上での個人賠償の問題をもっと交渉し理解していくべきだろう。
そのためには、日韓条約は公開され、見直しも含まれるべきであるし、日朝国交正常化の努力も必要であると、思う。
また、上に述べた以外に、現在の在日朝鮮・韓国人の渡日経緯は、日本の大戦終盤において
「徴兵」、「徴用」、「管斡旋」などにより当時日本内地の朝鮮人人口は爆発的に増えた。
日本の戦争末期に行われた「強制従軍」、「強制労働」さらに一部「強制連行」なども無視出来ない。
また、「従軍慰安婦」の問題も絶対無視できない。
戦時性性暴力がその戦争でも問題になるのだから。そして、女性に対する男性の性暴力の問題、性愛の問題など現在進行形の問題である。
性愛は男女とバイナリーなものでもないことも大切だ。
ここでも権力的な格差が重要である。潜在的な、目に見えない、日常では気づきにくいもの。
そして、渡航に関して「朝鮮戦争」、「4・3事件」、「経済難民(移民)」など難民として多様性に満ちていることはいなめない。
中にはリスクを省みないフリーライダー(密入国者)もいただろう。
それは、国境そのもの、国家そのものを決める境界が強固なものではなく、液状化しやすい
泥の壁でしかないということだ。近代化してもそれは同じこと。
昔の「渡来人」もそうだろ。日本からも伽耶(任那?)へ行っている場合もあるし。
あまり境界にこだわることはおろかなこと、強固にしようとすればするほど不安になる。
防人アイデンティティは不安になるだけ、孤独になるだけ。
流入が仕方ないからといって、権力的資本や安い搾取品が入ってくるだろう。
それは帝国主義的グローバリゼーションによる自国の農民の困窮には反対すべき。FTAなど、
でも、移民に関しては俺もまだよくわからん。反対ではないが、憂慮はある。
しかし、それでも
日本社会のマイノリティーの問題にさいして、植民地支配、侵略の文脈以外でも、
示すべき国家的責任と態度が必要であると思う。つまり、客体化させモノ(労働力)として
扱わない。部屋にはいってきたハエのように扱わないこと。
それはナショナリスト≒レイシストにもいいたい。
「強制連行」は、難しい歴史的課題だが、
考察や研究はこれからさらに続けられるだろう。
最後に在特会の出現が在日社会側に問題があると考える人は、
在日社会全体が要素となって、在特会が生まれたわけではないことを強調したい。
これは「日本人」と日本国家の現状と彼らが抱く根強い差別感情、マイノリティーへの投影、そして、彼らの幻想のなかの「国家」への異常な愛情とその失望など、複雑に絡んでいる。
彼らにとって、「在日特権」というものは格好のえさ(ネタ)でしかなく、彼らはこれから、脳内お国のために妄執的に他者を暴力的に排除しようと、躍起になっていく。
問題は、彼らの脳内祖国の幻想から醒めて彼ら自身が失恋して、落ち込み、対象転移によって、
次の社会の問題や趣味に走ることが解決策であると私は勝手に思う。
偏見にとらわれず、不安より希望を見出して、ネットはリアルの一部であると認識し、
ネットもまたうそまみれであると考えてほしい。
在日がもし行っている不正や犯罪は、法治国家日本の公的機関がなんとかしてくれるし、
民主主義国家日本は討論する機械とコミュニケーションする自由があるのだから。
私は、在日社会の問題と在特会の存在を結びつけることは、
俺がこの前失恋したのは、在特会と対峙し、ウォッチし過ぎたせいだと言っているようなもので、(片思いで勝手にフられただけ(笑))
勝手な投影、問題のなすりつけでしかない
そもそもが乖離している問題である。
愛国よりは社会や世界、地球を愛し、いやでも作られてしまった境界を乗り越えたり、
境界自体を融解させることのほうが、優しい世界がつくられると思うのですよ。
そして、そのやさしさをさらに隣にいるあなたにとって大切な人のために使ってほしいの
ですよ、見返りを求めてしまうかもしれないけど、
たとえ裏切られたと感じたとしても、それは勘違いであると、
むしろ、思い通りいかないからこそ、他者性であるということ。
そして、その他者性を噛み締めながら、憎悪とやさしさの間を反復して、
悩み、苦しみ、おのれの愛を、優しさをより大きくやわらかいけど、噛み応えのあるような
絶妙なものにふくらめせてほしい。
そう俺もまた変わらなければならない。
それが、北田暁大がいうような、
赤軍の自爆(反省、自己省察の極限)した70年代以降、反省することを恐れ、
消費社会に踊りくるい、利己的になるしかなかった私たちのロマン主義的シニシズムを
卒業する道筋であると思う。
ネタにベタに反応して、出てきてしまった「在特会」≒ネット右翼どもよ。
俺たちも君たちのネタにベタに反応して遊んであげるよ。
ネット上の「戯れ」の延長上は、リアルの街頭だ。遊びだから、お手柔らかに(笑)
本当に適当に書きなぐったため、見苦しい点申し訳ないです。
どっかで書いたコメントを編集。
在日朝鮮・韓国人の渡日の経緯について「強制連行」を思い出すひとがいると思われるが、それは一部事実であるが、それだけでは逆に日本の植民地支配(侵略)の問題と現在に続く問題を矮小化、短略化させる。
私は「特権的に」在日朝鮮・韓国人や中国人が被害者であるとおもっているわけではない。
被害者とは個別の、個人の問題であり、帰属の問題は、心理的な不愉快でしかない。(反日?逆差別?)
だからといって、強制労働、強制徴用の問題、植民地支配による抑圧/被抑圧の関係がないがしろにされることに否定的だ。もちろん、ポジショナリティーの問題も、重要だ。日本人と在日の位置関係。実生活ではほぼ見落としがちな潜在的権力的格差。
植民地侵略(日本保守・右翼に言わせれば進出?)は、勝手な支配者側の論理、言い分としては、
植民地近代化によって発展させ、インフラを充実させたと、むしろ、搾取されたのは
私たちなのよ!(マンガ嫌韓流より)
右派、保守派は「いいこともやった」と言い訳しているわけだけど、
根本的に「植民地支配・侵略」による近代化のひとつの問題点を取り上げたい。
日教組の平和教育でも、なかなか教えてもらえないものだろう。
俺も説明しずらい。
植民地近代化について。
日本帝国の近代化と工業化による農村から都市へ流入する過程で、都市の雇用が農村から流入する人口を包摂することができず、より多くの失業者、流浪の人を増やしたことが、植民地近代化の最大の問題。
それは、大きな社会変動による労働人口流入の問題である。
工業化はすすむが、
農村→(外地朝鮮)都市への移動ができなくなったら、必然的に貧しい人たち
(とくに朝鮮半島の南の地方の人々)、内地である日本に流入して、
仕事を求めにいくしかない。(これをネトウヨや右派に人間は自由意志の「移民」と呼ぶ)
経済難民化せざるを得ない
それは内地において労働力が不足したとき、総督府および日本政府も許可していたことで
なんら違法的なものではない(これを不法入国者として一部ネトウヨは在日全員を不法入国扱いしている)
また、過剰に流入が増えたときは、日本政府は規制もしていた。つまり、雇用の調節弁として、外地(半島)の労働力を利用していた。(これは日中戦争以前から)
いまの「入国管理局」が、日本の労働力が不足したときに、
一時的に「外国人労働者」の流入を
認め、さらに「オーバーステイ」を事実上認めながらも、なんらかの理由
(政府や役所の都合?日本人雇用枠の減少など、あるいは治安悪化という世論がもりあがるとき)いっせいに取り締まって、品川の入管に閉じ込めて、強制送還を待ちながら、受刑者のような生活を強いられている立派な人権侵害が行われていることはこの文脈ではずれるが。それと似ている。(不法入国だっだが、日本で生活基盤を築いて日本人と結婚もしてた
ガーナ人男性は強制送還のさいに飛行機登場直前暴れて、警察に取り押さえられ死亡
当時の警察の過失によって死亡した可能性が高い)
日本帝国のみならず先進資本諸国家(元植民地侵略国家)では、帝国主義、植民地主義から現在まで過酷の程度の差はあるかもしれないが、一貫して行われていることであると思う。
そもそも、土地調査事業(1910~1919)と称して、農民から土地を収奪し、仕事を奪い、
さらに地主の両班を懐柔して、「親日派」にさせ、日本統治下のもとで農業生産手段をより強く管理し
(韓国でよく言われている話だが、「舞妓」、「妓生」遊び、また花札で懐柔させていたという言い伝えもある)産米増殖計画期では、近代化による半島の米生産量も向上したが、多くが内地へ送られ、
農民の搾取と失業者の増加による困窮はより酷くなったのはいうまでもない。
まるで、産業革命以降マルクスが憂いでいた下層労働者の搾取状況や、レーニンが憂いだ帝政ロシアの農奴の苦しみにも似ている。
近代化によって、苦しんだ内地の農民や下層労働者は
当時マルクス主義やアナーキズムに傾倒していった。だから、戦後まもないころ、共産主義やマルクス主義が盛り上がったことは理解できる。戦後朝鮮人が暴動を起こしたというのも、日本の左翼勢力(貧しい労働層)とともに権力獲得闘争や社会変革、民族の権利獲得のために運動し、闘った痕跡である。
それと闇市をしきった暴力団の朝鮮人(運動する朝鮮人にくらべて少数)のイメージが合わさり、戦後日本人にとって「三国人」という差別用語と暴力的なイメージという偏見が構築されたことはいうまでもない。
そして、戦後から続く社会変革の運動は、ベトナム反戦69年熱い秋を経て、
それは70年代までの日本の学生運動にまで強い影響を及ぼしていると思う。
そもそも韓国の4・19革命は、日本の第一次安保闘争に強く影響していたのだから。
あとは植民地責任・戦後責任について、
もちろん「日本」とは国民国家主体のことで、主権国民たる「日本籍者」に、後ろめたさを感じろとか、謝れとか、罪悪感を感じろということをいうつもりはない。
むしろ、私の友人である日本人にそんな気持ちは持ってほしくない。責任主体は
旧帝国の戦争・侵略の多くを中途半端に処理した現日本政府である。
責任感の有無を一人一人の「日本籍者」に問うつもりはない。
自覚を促す言説を垂れ流しているかもしれないが。
当時の植民地近代化が誰にとって幸せなのか。
現在の「日本」の右傾化した人間に問いたい。
君たちは帝国主義を肯定する「支配者」側、ブルジョアジーの側のアイデンティティーと社会的位置(ポジショナリティー)を維持しながら、抑圧者であることを選択し続けるのかと。誰かの幸せを踏みにじるのは快楽なのかと。
たしかに、難しい問題だ。ネトウヨやねらーは他人の不幸は「メシウマ」だからな。
中国やほかの東南アジアの国への「戦争責任」、台湾や朝鮮・韓国に対する「植民地責任」の清算とは、まず日本国家の政府が一貫して毅然とした態度と、法整備化ではないかと。
個人が抱く申し訳なさはかえってじゃま。
さらに、国家間の協議の上での個人賠償の問題をもっと交渉し理解していくべきだろう。
そのためには、日韓条約は公開され、見直しも含まれるべきであるし、日朝国交正常化の努力も必要であると、思う。
また、上に述べた以外に、現在の在日朝鮮・韓国人の渡日経緯は、日本の大戦終盤において
「徴兵」、「徴用」、「管斡旋」などにより当時日本内地の朝鮮人人口は爆発的に増えた。
日本の戦争末期に行われた「強制従軍」、「強制労働」さらに一部「強制連行」なども無視出来ない。
また、「従軍慰安婦」の問題も絶対無視できない。
戦時性性暴力がその戦争でも問題になるのだから。そして、女性に対する男性の性暴力の問題、性愛の問題など現在進行形の問題である。
性愛は男女とバイナリーなものでもないことも大切だ。
ここでも権力的な格差が重要である。潜在的な、目に見えない、日常では気づきにくいもの。
そして、渡航に関して「朝鮮戦争」、「4・3事件」、「経済難民(移民)」など難民として多様性に満ちていることはいなめない。
中にはリスクを省みないフリーライダー(密入国者)もいただろう。
それは、国境そのもの、国家そのものを決める境界が強固なものではなく、液状化しやすい
泥の壁でしかないということだ。近代化してもそれは同じこと。
昔の「渡来人」もそうだろ。日本からも伽耶(任那?)へ行っている場合もあるし。
あまり境界にこだわることはおろかなこと、強固にしようとすればするほど不安になる。
防人アイデンティティは不安になるだけ、孤独になるだけ。
流入が仕方ないからといって、権力的資本や安い搾取品が入ってくるだろう。
それは帝国主義的グローバリゼーションによる自国の農民の困窮には反対すべき。FTAなど、
でも、移民に関しては俺もまだよくわからん。反対ではないが、憂慮はある。
しかし、それでも
日本社会のマイノリティーの問題にさいして、植民地支配、侵略の文脈以外でも、
示すべき国家的責任と態度が必要であると思う。つまり、客体化させモノ(労働力)として
扱わない。部屋にはいってきたハエのように扱わないこと。
それはナショナリスト≒レイシストにもいいたい。
「強制連行」は、難しい歴史的課題だが、
考察や研究はこれからさらに続けられるだろう。
最後に在特会の出現が在日社会側に問題があると考える人は、
在日社会全体が要素となって、在特会が生まれたわけではないことを強調したい。
これは「日本人」と日本国家の現状と彼らが抱く根強い差別感情、マイノリティーへの投影、そして、彼らの幻想のなかの「国家」への異常な愛情とその失望など、複雑に絡んでいる。
彼らにとって、「在日特権」というものは格好のえさ(ネタ)でしかなく、彼らはこれから、脳内お国のために妄執的に他者を暴力的に排除しようと、躍起になっていく。
問題は、彼らの脳内祖国の幻想から醒めて彼ら自身が失恋して、落ち込み、対象転移によって、
次の社会の問題や趣味に走ることが解決策であると私は勝手に思う。
偏見にとらわれず、不安より希望を見出して、ネットはリアルの一部であると認識し、
ネットもまたうそまみれであると考えてほしい。
在日がもし行っている不正や犯罪は、法治国家日本の公的機関がなんとかしてくれるし、
民主主義国家日本は討論する機械とコミュニケーションする自由があるのだから。
私は、在日社会の問題と在特会の存在を結びつけることは、
俺がこの前失恋したのは、在特会と対峙し、ウォッチし過ぎたせいだと言っているようなもので、(片思いで勝手にフられただけ(笑))
勝手な投影、問題のなすりつけでしかない
そもそもが乖離している問題である。
愛国よりは社会や世界、地球を愛し、いやでも作られてしまった境界を乗り越えたり、
境界自体を融解させることのほうが、優しい世界がつくられると思うのですよ。
そして、そのやさしさをさらに隣にいるあなたにとって大切な人のために使ってほしいの
ですよ、見返りを求めてしまうかもしれないけど、
たとえ裏切られたと感じたとしても、それは勘違いであると、
むしろ、思い通りいかないからこそ、他者性であるということ。
そして、その他者性を噛み締めながら、憎悪とやさしさの間を反復して、
悩み、苦しみ、おのれの愛を、優しさをより大きくやわらかいけど、噛み応えのあるような
絶妙なものにふくらめせてほしい。
そう俺もまた変わらなければならない。
それが、北田暁大がいうような、
赤軍の自爆(反省、自己省察の極限)した70年代以降、反省することを恐れ、
消費社会に踊りくるい、利己的になるしかなかった私たちのロマン主義的シニシズムを
卒業する道筋であると思う。
ネタにベタに反応して、出てきてしまった「在特会」≒ネット右翼どもよ。
俺たちも君たちのネタにベタに反応して遊んであげるよ。
ネット上の「戯れ」の延長上は、リアルの街頭だ。遊びだから、お手柔らかに(笑)
本当に適当に書きなぐったため、見苦しい点申し訳ないです。
>3月に仙台でニアミスしたのをきっかけとして
>せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
「在特会」宮城発足記念集会 (3)
「反在特会」運動の誤りと対話の可能性(A)
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52459344.html#comments
に対する応答文(過去のものです)
丁寧に書かれたので、ジャムおじさん(せとさん)の正式な声明を黒い彗星として出そうかなと思ったけど、やめた。アホらしい。
ネトウヨのジャムおじさんに興味はないわ。
声明などジャムおじさんに出す前に、日本社会の市民に演説で訴えるわ。
フランスの国民戦線というのは、ルペンの団体だっけか?鈴木邦夫はルペンと知り合いじゃなかったっけか・・・
ま、確かに利権構造など関係ないなぁ。少なくともここの住人と俺は。ただ、このままだと現在の若い同胞と日本社会のこどもたちが、希望を失う、相互不信の世界へ引きずり込まれる可能性があるので、社会の良識の構築、コモンセンスの構築のために運動していると思う。物と人が複雑に絡み合い、切り離されていく混沌としたポストモダンの現代社会において、抵抗のための怒りと冷静さを取り戻すためにベタなネタを嗤うことで、冷却システムを機能させているのが、当コミュであるし、黒い彗星の基本活動方針であると、 ただのコミュの管理人の私は夢想する。せとと桜井と何か共有できる問題意識があるとすればキーワードは「現代社会の矛盾」と人の尊厳がないがしろにされ、日本人、マイノリティ関係なしにみながアイデンティティの不和の危機に直面する潜在的可能性にさらされていることであるだろう。しかし、彼らはそのような危機を具体的に分析したのだろうか。無駄に人々を扇動させ、ヘイトスピーチによる自己承認(コミュニティ内とネット)と自己実現(差別それ自体ではない、社会運動もどきの自己表現による)の 快楽のツールを確立し、怨念と鬱憤を晴らし、自らが力(power)を掌握できたという実感とカタルシスを享受できるように仕向けているのではないだろうか。
そんな輩と連帯する共通認識の確立に尽力するなら、早く街でわれわれも街宣しリストカッター、サバイバー、うつ病にあえいで、絶望の淵で涙も枯れてしまった若者と借金苦で苦しむ社会構造の犠牲者、自殺志願者と不安定な労働と尊厳が不足した社会に自己承認もできず、死刑を望み通り魔犯罪に走る青年や反社会的行動や遊ぶことで、自らの存在を確認するヤンキーども、将来が不安で孤独死しそうな人々、老人ホームで死を孤独に待つご老体たち。家族に虐待されている人々。シングルペアレントで苦しむ家族。 家もなく寒さで凍え、都市の人間の冷たい視線に晒されているホームレス国の政策決定と裁量で生死が決まるあらゆる障がい者の方々・・・
・・・列挙した人々だけではないが、現代社会の矛盾を感じるなら、このような人々のことを脳裏に浮かなければならない。そして、彼らのことと明らかな矛盾した構造を見つけ、行動し、自制と自省でもって運動することが、今求められるべき運動であると思う。そして、ただ運動で終始するのではなく、市民社会の意識改革という抽象的目標のみならず、具体的に権力を揺り動かし、具体的な政策提言や実現を目指すことが運動の最終段階であるだろう。 そして、確立した政策に対しても、つねに考え、見守ることの持続性が今必要であるだろう。
2010年03月29日
推薦ブログ
http://blog.livedoor.jp/baisemoi_bullet/archives/65320223.html
>せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
「在特会」宮城発足記念集会 (3)
「反在特会」運動の誤りと対話の可能性(A)
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52459344.html#comments
に対する応答文(過去のものです)
丁寧に書かれたので、ジャムおじさん(せとさん)の正式な声明を黒い彗星として出そうかなと思ったけど、やめた。アホらしい。
ネトウヨのジャムおじさんに興味はないわ。
声明などジャムおじさんに出す前に、日本社会の市民に演説で訴えるわ。
フランスの国民戦線というのは、ルペンの団体だっけか?鈴木邦夫はルペンと知り合いじゃなかったっけか・・・
ま、確かに利権構造など関係ないなぁ。少なくともここの住人と俺は。ただ、このままだと現在の若い同胞と日本社会のこどもたちが、希望を失う、相互不信の世界へ引きずり込まれる可能性があるので、社会の良識の構築、コモンセンスの構築のために運動していると思う。物と人が複雑に絡み合い、切り離されていく混沌としたポストモダンの現代社会において、抵抗のための怒りと冷静さを取り戻すためにベタなネタを嗤うことで、冷却システムを機能させているのが、当コミュであるし、黒い彗星の基本活動方針であると、 ただのコミュの管理人の私は夢想する。せとと桜井と何か共有できる問題意識があるとすればキーワードは「現代社会の矛盾」と人の尊厳がないがしろにされ、日本人、マイノリティ関係なしにみながアイデンティティの不和の危機に直面する潜在的可能性にさらされていることであるだろう。しかし、彼らはそのような危機を具体的に分析したのだろうか。無駄に人々を扇動させ、ヘイトスピーチによる自己承認(コミュニティ内とネット)と自己実現(差別それ自体ではない、社会運動もどきの自己表現による)の 快楽のツールを確立し、怨念と鬱憤を晴らし、自らが力(power)を掌握できたという実感とカタルシスを享受できるように仕向けているのではないだろうか。
そんな輩と連帯する共通認識の確立に尽力するなら、早く街でわれわれも街宣しリストカッター、サバイバー、うつ病にあえいで、絶望の淵で涙も枯れてしまった若者と借金苦で苦しむ社会構造の犠牲者、自殺志願者と不安定な労働と尊厳が不足した社会に自己承認もできず、死刑を望み通り魔犯罪に走る青年や反社会的行動や遊ぶことで、自らの存在を確認するヤンキーども、将来が不安で孤独死しそうな人々、老人ホームで死を孤独に待つご老体たち。家族に虐待されている人々。シングルペアレントで苦しむ家族。 家もなく寒さで凍え、都市の人間の冷たい視線に晒されているホームレス国の政策決定と裁量で生死が決まるあらゆる障がい者の方々・・・
・・・列挙した人々だけではないが、現代社会の矛盾を感じるなら、このような人々のことを脳裏に浮かなければならない。そして、彼らのことと明らかな矛盾した構造を見つけ、行動し、自制と自省でもって運動することが、今求められるべき運動であると思う。そして、ただ運動で終始するのではなく、市民社会の意識改革という抽象的目標のみならず、具体的に権力を揺り動かし、具体的な政策提言や実現を目指すことが運動の最終段階であるだろう。 そして、確立した政策に対しても、つねに考え、見守ることの持続性が今必要であるだろう。
2010年03月29日
推薦ブログ
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