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暇やし、自分の名前について調べてみた。(ボイコットね得意げ






思ったより重たい言葉だなと感じてしまった。


いいのか俺はこの名前でーーー。


って思ったが、まあええかシラー










ってことで以下引用。


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チャールズ・ボイコット大尉(Charles Boycott、1823年 - 1897年)にまつわる以下のようなエピソードが、


その語源となっている。




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19世紀後半のイギリスでは、折からの農業不況によって小作人との争議が頻発していた。


1880年、アイルランドの土地差配人(土地管理者:代官)ボイコット大尉も小作人らと年貢拠出量に関して争議になったが、その際に周囲の村人(雑貨販売者、パブ含む)が総出で大尉との関わりを断ってしまった。


それによって大尉は飢餓状態に追い込まれ、最終的に小作人らの要求を受け入れた。




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ぬー。難しいもんだな・・・。


でも、このほうが人っぽいな。






で、もういっちょ。有名なマーティン・ルーサー・キングのボイコット事件。




以下、引用。




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歴史上著名なボイコットにモンゴメリー・バス・ボイコット事件がある。




これは、1955年、米国アラバマ州都モンゴメリーで公営バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒んだアフリカ系アメリカ人・ローザ・パークスが人種分離法違反のかどで逮捕されて州簡易裁判所の罰金刑を宣告されたことに端を発し、公共交通機関における人種差別に抗議して行なわれた。




当時貧しい黒人にとってバスは必須の交通機関で、利用者の75パーセント以上を占めていた黒人たちがバスを利用せず、黒人の車に同乗したり、どこへ行くにも歩いたりしたため、ボイコットはバス路線を運営するモンゴメリー市に大きな経済的打撃を与えた。連邦最高裁は罰金刑を取り消し、バス車内の人種分離は違憲であると認定。判決の翌日にボイコットが終熄している。




ボイコットを指導したマーティン・ルーサー・キングは、勝利を期に全米各地で公民権運動を展開、ワシントン大行進など数多くの抗議行動で、公民権法を成立させた。




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この時代はほんとに差別がすごかったんだと思う。


恐らく今俺が想像している以上に・・・。






なんていうか、本当にいい時代になってきてるんだなって思うよ。


俺がこうしてのほほんとして生きていけるのも、前代の人がこうやって戦ってきたからなんやろな。




世界と日本との違いこそあれ、みんなが幸せに生きていけたらなんて素晴らしいことか。


でも、たぶんこれは、金を持ってる国で生まれた人の理想なんやろうけど・・・。


貧しい国で生まれた人はもっと違う価値観を持っているんだろうか・・・。






ってことで、ブルーハーツの青空を捧げます。(好きなんだよ。俺)




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