動かなくなったチェルシーを抱いて病院からもどり、居間にチェルシーお気に入りのお布団を敷いてチェルシーを横たえました。目が少し半開きでしたが、安らかな表情に見えました。とても息をしていないようには思えませんでした。まだ身体も暖かくて、手足を動かすこともできました。でも、チェルシーに顔を近づけて、いくら呼びかけてもなにも反応してくれません。いつものように顔を持ち上げて面倒くさそうに、横をむいて欠伸をしてよ、チェルシー。でも、チェルシーは家族に見守られながらそこにいるだけです。悲しみと、後悔と、なんともいえない無力感にうちひしがれて、チェルシーを見つめていました。ほんの今しがたおこった事実を認めたくありませんでした。明日、最後の望みをかけて日大動物病院に行くはずだったのに、おとうさんの判断ミスでこんなことになってしまって、いままで、いろんなミスをしてきましたが、人生最大の失敗を今、犯してしまった自分が腹立たしくてたまりませんでした。病院の先生に、「大好きなおとうさんに抱かれて逝ったのだから、チェルシーちゃんはきっと幸せだったと思いますよ」、と慰められましたが、とてもそんなふうには考えられませんでした。

 

 これからどうしたらいいのか、を考えるまでにどれぐらいの時間がたったでしょうか。でも、6月のこの蒸し暑いなか、何日もここに寝かせてあげておくことはできないぐらいの判断はできました。インターネットで犬の葬儀をやってくれるところを検索しました。今年できたばかりの施設(ペットセレモニー)が、家の近くの環七沿いにあることがわかりました。下見をさせていただき、段取りなどの説明を丁寧に伺いました。チェルシーを大切に見送ってあげるのに相応しいように思えました。

 翌日の16時に、お見送りをすることになり、特殊な紙でできているらしい白い綺麗な棺を受け取って帰りました。棺を花でいっぱいにするように、近くの花屋さんで綺麗な花をたくさん買いました。大好きだったおやつもたくさん用意しました。思い出の写真も急いでたくさん印刷しました。

 棺に寝かせられて、きれいなお布団をかけられた姿を見ると、チェルシーがそうなってしまった事実を、いやが応でも突き付けられます。今日、何度声を出して泣いたことか、いや、これまでの人生で今日が一番涙を流した日であることは間違いありません。

 

 翌日、花弁をちぎって、チェルシーの周りを花でいっぱいにし、大好きだったおやつもたくさん口元に並べ、思い出の写真もたくさん棺にちりばめて家を出ました。いつもチェルシーは後部座席の真ん中で、みんなの膝の上に交互に顎をのせておとなしく寛いで乗るんですけど、今日は後ろのシートをフラットにして、おかあさんがそばに寄り添って行きました。セレモニーホールでは、住職こそいないものの、お別れの部屋で、人間と同じように棺の前で焼香し、末期の水をあげ、生前のチェルシーを偲んで出棺を待ちました。