/パウロ・コエーリョ

羊飼いの少年が宝物を探しにエジプトのピラミッドまで旅をする「夢と勇気の物語」

つい先日テレビで、この本に感動した中山美穂が舞台の地を訪れるという番組をしていた。数分しか見てなかったけれど、頭の隅にあったのが、図書館でたまたま見つけて結びついた。この小説でいう「前兆」かもしれない。過ぎた後にしかわからないからダメなんだろうな。


人生の格言がたっぷりと語られている。
私が印象的だったものは、
『人生は私たちにとってパーティであり、お祭りでもあります。なぜなら、人生は、今私たちが生きているこの瞬間だからです』

『傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだ…』
他にもあげたらきりがないほど。

語られている多くの事は、これまでもいろんな小説や歴史上の人物など、現代に生きる人でさえもが語ってきた事である。ありふれている言葉ともいえる。私はこの物語に特別感動はしなかった。何度も同じような言葉ばかりだし、世界中でベストセラーになったのがピンとこない。

私が夢を見なくなった大人だから、絵空事のような言葉にとってしまうのかもしれない。

「もし、自分の運命を生きてさえいれば、知る
/田辺聖子


『結婚そのものの、夫婦の、男と女の休日。人間には一人になる「休日」がいるのだった。』

『自分より強い、自分よりおだやかな、自分より大人の人に慰撫されるのって、なんと嬉しいことだろう。でもそれは孤独な人間だからこそ味わえる嬉しさなのだった。』


妻として、母親として、私という自分は幸福なのか…
いろいろ考えてしまった。


これの前、林真理子の「白蓮れんれん」読んでから、なんか恋愛ものが読みたいな~と思って。くどくなくて、きれいすぎなくて、とか読みたい感じがあったからウロウロ探した。たどり着いたのはやっぱり田辺聖子。はずれがない。二日で読んじゃった。

そういえば今年は恋愛小説全然読んでないな。
ほんま子育てって難しい。悩みはつきない。でもしばらくしたら、今日悩んでたことも、あんなんで悩んでたのましやわ~って思うんやろうな。
子育てに限らず、生きてる限り当たり前やもんな。

ぼっちゃまは今月一歳9ヶ月。なんでもまず「イヤイヤ」言う。
それはもう慣れてきてうまく対処できるようになってきた。昨日の悩みってやつ。

今は他の子供に手を出すこと。
昨日は、鉄道のレールのおもちゃで遊んでて、一回りか二回り大きいお兄ちゃんを手で叩いたり、木の電車で叩いて、顔や頭やから泣いてたし…痛いねごめんねって子供にもその親にも何回も謝って、悲しくてほんま久しぶりに心折れそうやった。
男の子のお母さんやからわかってくれてるとは思うけど…

他の子が持ってるオモチャがほしかったり、譲りたくなくて、手が出る。
根気よくダメって言い続けるしかないみたい。

ダンナとも久しぶりに話し合った。仕事や子育てでお互いストレスがあるし、ピリピリしてて、思いやりがなかったって反省。
ストレス発散の方法を考えないとな。ダンナはゲームするぐらいしかないから、趣味というか気晴らしがほしいみたい。

他にもダンナのご飯についても話したけど、これは育った環境のせいって事がわかった。私にはやっぱり理解できないけど、ダンナも変えれないし、私の気持ちはわかってくれたから、ここは私が歩み寄らないと仕方ない。

こういう話し合いもはっきりいうと、お互いめんどくさいと思ってる。でも話し合う気持ちすらなくなったら、もう結婚してる意味がない。
よく価値観の違いから離婚ってあるけど、なんとなくわかった気がする。
価値観がぴったり合うなんて珍しくて、違って当たり前。違いをわかったうえで、歩み寄れるか、寄れないかなのかも。

変わらないことをぐずぐず言っててもしかたないし、いい加減私も上手にダンナをよいしょしないとな~