岩倉使節団 | アデレードにゆきます

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雪国出身なのに寒いのが大の苦手。
暖かいところで毎日ハッピーに暮らすべく、オーストラリアへ移住してきた私の毎日をのんびり綴っています。

今晩のNHK。

『その時歴史が動いた』 で 岩倉使節団 の世界一周の旅が取り上げられていました。

おもしろかったー。
そうよねー、歴史が動いたのよねー、とひとり興奮&感動。
ほんとに影響されやすい私。

簡単にこんな内容でしたー
矢印矢印矢印

もともとは10ヶ月の各国視察の予定が、最終的には1年10ヶ月!!!!
しかも留学生や随行者を入れたら108人も船に乗っていたというから大規模ですよねーー 船
国際社会に仲間入りしたばかりの日本政府の重要人物たちが横浜を出発し、まずは太平洋を渡りアメリカへ。

アメリカ側の大歓迎ムードに乗じて、いきなり不平等条約改正(治外法権と関税自主権)を試みる。でもアメリカ側から条約を結ぶ権限が無いことを指摘されて、そこから大久保利通と伊藤博文はわざわざ日本に帰って天皇からの委託文書をアメリカに持ち帰ったというからすごいあせ 結局失敗に終わったけれど、そこから国際交渉を学ぶ。

その後、大西洋を渡りイギリスへ。その頃のイギリスは「世界の工場」と呼ばれるほどに大発展。でもどうして日本と同じ規模の島国(石炭と鉄があるだけ)がそこまで発展したのか?

一団が目にしたのは、徹底した工業化。ビスケットを作るのにも機械による大量生産が既になされていたそう。そして貿易。原材料を輸入し、国内で加工、世界各地に輸出。鎖国が解けたばかりの日本とは大違い。

でもイーストエンドの浮浪者、低賃金労働者たちの犯罪という、発展がもたらすに苦しむイギリスの状況も目の当たりにし、進歩とは何か?と考えさせられたそうです。

その後パリ・コミューン直後のフランスに行き、工芸技術で国を支えていたベルギーへ行き、

そして統一国家ができあがったばかりのドイツへ。
廃藩して中央集権を始めたばかりの日本が学べることはたくさんあったのでしょう。

でも日本がドイツを見習って国づくりをしたいのであれば誰かを派遣するという、鉄血宰相ビスマルクの申し出を断り、木戸孝允は、まだ日本は世界の中でどう生きていくか研究する余裕はなく、努力をして自分たちの力で国際的な地位を高めていきたいというようなことを言ったそう。

欧米から学べることはたくさんあるけれど、ちゃんと見極めて日本独自の発展をしていきたいということでしょうか。
日本の近代化に尽力した人たちまだまだたくさんいるけれど、欧米に流されないその強さすごいな。


海外に住んでも、自分をしっかり持って日本人としての誇りを忘れちゃいけないな、と改めて思いました。

勉強になりました。


今日の日記長すぎてごめんなさいーーー。誰もこんなの読まないよね ・・・

すみませんです。何でもごちゃまぜのブログなもので。。。笑顔