自分が入社した頃はまだ「パワハラ」という言葉がなかったように記憶している。
ミスをしたことを伝えると、窓を指差した先輩社員から「ここから飛び降りろ!」と言われた社員がいた。
上司が怒って電話を投げつけてきたが、電話につながったコードが幸い顔の前で伸び切って落ちて当たらず、事なきを得たとか話してくれた女性社員もいたっけ。電話がまだ「携帯」するものではなく、コードにつながれ置き場所が「固定」されていた頃のこと。先輩もコードの長さを勘案したうえで、「当たらない」と分かっていて投げたのかもしれないが。。。
当時は「熱血指導」「見込みがあるから厳しくする」などと尤もらしい耳障りのいい言葉でこうした行為を正当化する人も多かった。
だが、昔から「それは違うだろ」と思っていた。言われたり、やられたりした方が「嫌だな」とか「不快だな」と感じれば、それはやってはいけない行為。家庭内の躾とはワケが違う。思い通りの結果や成果をもたらさなかった人に対し、ただ自分の歯痒い思いや怒りをぶつけたにすぎない。
年端もいかない子どもが集まる保育園ならまだしも、社会人同士が集まる空間で「怒って他人を言う通りにさせる」なんてことはやっぱりあってはならないのだ。
ただ、そうやって怒られたことで、稀に結果を出しちゃう社員もいるにはいる。だから、上司や先輩はそれを成功体験として、怒ったり怒鳴ったりをさらに繰り返す。
だが、やがてその効果は薄れ、結果も出さなくなる。見ていないところでサボり始める。怒られるのが嫌だから頑張る、という気持ちは決して長続きしない。当たり前だ。「なぜ頑張らなくてはならないのか」という理由が判然とせず、まったく「腹落ち」していないからだ。
他人をその気にさせて動かすことは本当に難しいことだ。だが、そのモチベーションに怒りで点火しようとするのはやめた方がいい。
そうではなくて「なぜあなたにそれをやってもらいたいと考えているのか」を、親鳥が食べ物をよく噛み砕いてからひな鳥の口に入れてあげるように噛んで含めて言い聞かせることが重要だと思う。そんな説明責任を果たせない人は、人の上に立ってはならない。
