前回、「バカを以てバカを制す」というバカへの私なりの対処法を書き散らかした。
この方法は、どうしてもバカの相手をしないといけない時に使っているが、常用には向かない。
今回は私の基本スタンスを書き散らかしていこうと思う。
コロ助で色々考えるさせられることも増え、なおかつ趣味や自己投資の時間・手段まで制限されてしまうのでそこで溜まったストレスを解消することすらも難しくなっていると思う。
そこで、
"どうでもいいコンテンツ"との関わり方と、自分の中での考え方を変えるだけでかなり過ごしやすくなる。
そもそも、"どうでもいいコンテンツ"の定義は?
私の場合、
「私の利害に絡んでおらず、なおかつ関わらなくても過ごせる人や物事」と定義づけている。
そこに区分分けした人間には基本的に業務であったりこちらが必要な用事が無い限りは話しかけない。
もちろん、向こうが美味しい話を持ってきた際は少し考えて、使えそうなら区分から一旦外してあげて、使ってあげるといった感じである。
前々回書いた、SNSでの過ごし方に少し書いたが、
私は以前、コロ助の影響やそれ以外のニュースのコメント欄で言い争いをしているのを見て心を痛めていた。これも、
「そのニュースや言い争い、私の生活に直接関係ある?」
「そこにアンテナ張らないと食いっぱぐれる?」
と自分の中で問い、別に必要無いと判断したので
"どうでもいいコンテンツ"にぶち込んで以後は気にしなくなった。
と、そうやって自分の中での"どうでもいいコンテンツ"欄を肥やしていると自然とメンタルの回復と共に、時間が余ってくる。
その時間は自己投資に使うことができる。
私は最近、ニュースを読みながらメンタルを浪費していた習慣が無くなったため、その時間をF○NZAの新作をチェックする時間に充てている。
もちろん、性欲の処理も3大欲求を満たしているため、立派な自己投資である(キリッ
これ、高度な自己正当化