父の酸素マスクが外されたのは約1週間後だった。



熱も平熱になり、呼吸も落ち着いてきて家族としてはようやくひと安心。 



体調がよくない方が入るナースステーションの真横の部屋に移されて心配だったが、

ある日面会に行ったら4人部屋に移されていた。



医師からは特に説明もなく、

看護師さんに聞いて、カルテを見てもらい

ざっくり状況を教えてもらう感じだった。




肺炎が落ち着いて、数カ月は落ち着いた生活をしていた。



この頃は流石に体力も落ちて、ベットの中でもただ静かに横になっていることが多くなった。父の顔つきも変わっていた。




でも相変わらずミトンが外れない生活。




褥瘡が起こらないために、

介護士さんたちがビーズクッションを背中に当てて、右向きに、左向きにと体位変換をしてくれてありがたかった。



体力が落ちても、眠っている事が多くても無事にいてくれれば安心。



この頃私が忙しく、面会に行っては父のベッドの柵に頭を乗せて小一時間眠るようになっていた。




もちろん疲れもあるれど、何より

父の状態が安定しているという事が

本当に安心できた。




そんな時、




またあの不思議な現象が起こった。




寝ているばかりでほとんど喋らない父なのに、



父の顔がふっとシャンとした顔になって



「もういいかな?」と。


にっこり微笑んだ。



この時は母も一緒にいたので今回は母も聞いた


「もういいかな?」




「つらい?もうちょっと頑張れないかな?」

と私が言うと、



今回は笑った‼️



久しぶりに見た父の笑った顔‼️




母と笑ったね!元気になってきたね!


2人で喜んでいた。




数日後




朝、家に病院から電話が来て



「肺炎になられましたので、部屋を移動しております」



急いで面会に行ったら

ナースステーション横の個室で酸素はもちろんいろんな機械に繋がれていた



熱も高く、負担になるからと面会時間も短くなっていた。



後は父の体力に任せるしかない。