病院に行かなくてもいい朝、


いつもと違う気が抜けたような朝



あー、父は亡くなったんだ


と、改めて実感



身支度をして急いで実家へ


朝から葬儀の打ち合わせがある



実家についてすぐ葬儀屋さんが来た


日程は約1週間後の葬儀になると


この時期は火葬場が混んでいるとの事



「お父様のご友人のご連絡は?」と聞かれ


10年以上認知症で付き合いもなかったし、相手も高齢者。


わざわざ連絡する事もないだろうと。


母方の親戚達と、私の友人達が来てくれる事になった。

忙しい所ありがとうね🙏✨



お葬式自体は今流行りの?こじんまりした家族葬でと。


ご希望は?と聞かれたので


「お花が好きだったので色とりどりのお花があるといいなぁ」と。



はい!間違いです!びっくり



父が好きだったのはお花より、

観葉植物でした



派手好きだったのであえて訂正はしませんでした口笛



葬儀屋さんがものすごく丁寧に話を聞いて下さって、


こちらの気持ちに寄り添って


見送り体制を万全にしてくれて…🙏✨




最後にいた病院での雑な対応が浄化していくようでした。



父は今保冷庫には入っているけれど、


ベッドに手足の拘束もされてない


真夏に分厚く暑いミトンもしていない


経鼻管チューブも外している



ようやく自由になれたね、と。




しかし、凄い病院だったな。


ご近所の評判はめちゃ悪い👎


「うちのおばあちゃんもあそこで56された」と言う方が居る


相当な悪評だった



認知症になってデイサービスやショートステイに通っているうちは、地域のケアマネがついてくれたが、病院に入ると院内のケアマネに移行する。


そこで入れる病院があるか、

家に帰れるかどうか、

施設入所できるか



父がいた病院から


救急で運ばれた先の病院で1〜2ヶ月お世話になった。




退院の時に「ご希望は?」と聞かれたので、

「前の病院には戻りたくない」と。



助けて下さい‼️ と。


とにかく助けて欲しかった



病院を変わるなら今しかないと。


見事に裏切られたけれどね。



救急病院の退院後 その後の嫌がらせ



今だにあのようなことが繰り返されているのかなと思うとゾッとする。




もちろん誠実な看護師さんも助手の方もいた


さりげなく出してくれる助け舟や、


大丈夫、大丈夫!と視線で合図したり。


その方々には本当に感謝🙏✨




そんな事を思い出しながら


第一回目の打ち合わせ終了



今まで忙しすぎてわからなかった事、


スルーしてしまった事が


思い出されてくるんだろうな…