小さい頃、自分の世界を広げたのは、ラジオでした。

 

小学1年生の頃に、下宿していたお姉さんからラジオをいただき、

 

それから毎日、家で宿題をする時は、ほぼ、ラジオを聞いていました。

 

真夜中に起きて聞いたのが、鶴光のオールナイト日本。

 

意味がわからるような分からないような感じでした。

 

タモリやたけしはもちろん、

 

アラレちゃんの小山茉美さん、大好きでした。

 

時がたつに連れ、ラジオがラジカセになり、

 

YMOが流れてきた時には、衝撃でした。

 

洋楽もジョンレノンや、マイケル・ジャクソン、アバ、ノーランズ、ベイ・シティ・ローラーズ、

 

ありとあらゆる音楽も、ニュースも、プロ野球も、落語も、自然に耳にしていました。

 

それで、テレビやラジオなどのメディアに行きたいという淡い夢を持っていたのでしょう。

 

その道に進み出すきっかけは、中学校の掲示板に貼ってあった、熊本電波高専のポスター。

 

目を通して、「これだ!」って、思いました。

 

田舎の中学で、高専に行った人なんて聞いたこともなく、

 

誰もが、普通高校から、就職で、勉強できる人は大学という時代に、

 

思い切ったとかではなく、わけ分からないけれど、ここって感じでした。

 

無事学校に儲かり、辛く苦しい寮生活をしていくうちに、段々、天国になってきます。

 

そんな時に見つけたのが、就職を意識するには早かった3年生の時。

 

図書館の週刊誌を手に取り読んでいたら、「リクルート」という就職情報誌を宅配している会社があると知りました。

 

エイビーロードも出していると。

 

テレビも見る機会の殆どない寮生活で、リクルートがどんなものかも分からなかったのですが、

 

バブルの終わりまじかで、好景気。

 

2年経って就職面接を受けて、あっという間に内定。

 

で、昭和の終わりの前の年でしたから、天皇の様態悪化で、自粛ムードバリバリのタイミング。

 

今のコロナのような、隣人が危険というものではありませんでしたが、

 

景気にとても水を差していました。

 

テレビ局やラジオ局、NTT、KDDなどにみんな就職するためにはいる学校のような存在だったので、

 

それに必要な資格を取るためにがんばっていました。

 

国家資格を取るための予備試験があるような国家資格で、予備試験は合格していましだが、

 

遊び回りたい年頃の私に歯止めが効かず、法規を取って、残りの3科目は、受けずじまいでした。

 

あの頃は、分かりませんでしが、受けにかかっていたら、受かっただろう試験であり、資格なのですが、

 

資格がないからリクルートに行った流れが、正解で、

 

メディア絡みに行っていたら、

 

それこそ、魔に魂を売りに行く流れに乗ったかも知れません。

 

リクルートが簡単に生きていけたわけでもないし、人生で最大の苦しみを味わったのですが、

 

それでも、10年は我慢して勤めていました。

 

でも、それでも、メディアに行かなくてよかったと、現状の状況が示しています。

 

後からしか分からないことなのですが、

 

一生その会社に尽くしていくようにと、育っていったので、

 

人間性を崩してしまっていたことでしょう。

 

メディアが真実を述べているのは、戦争前も後も、ほぼありません。

 

支配者の都合の良い広報しかないのです。

 

多少は気位のある人たちも昔はいました。

 

そんな人達から辞めていくのも、ずっと感じていました。

 

正しい、間違いとか、本質とか、本当、嘘、みたいな意識が育ったのは、

 

流れから外れたからと思えます。

 

根っから、審神者タイプなのでしょう。

 

何が言いたいのかっていうと、

 

真実を述べている人たちは、

 

まだ、地下に追いやられてい感じもありましたが、

 

どんどん、世に出てくるでしょう。

 

ですが、信じられる人と信じられない人がいることは、既に分かっています。

 

信じられる人と、もう少しで分かりそうな人、きっかけを与えれば気付ける人、そんな人達とともに、

 

これからの世を、作っていけると思ってワクワクしているところです。