記憶があいまいになってきたけれど、途中 道から入ったところに
滝がありました。
滝もとっても素敵でしたが、トンネルのシャワーがもっと素敵。

入り口で靴を脱いで、カッパ(黄色いビニールぶくろみたいなやつ:これ、台湾では主流のかっぱ
らしい。その後もよく見かけます)をかぶり、中へ。
これは、だれかが置いていってくれているらしい。

川の中の石は青白く、天井からは水が降ってくる。
本当に素敵な景色でした。

その後、なんとか車に戻る。
これから、台北までもどるなんて。。。私は座っているだけだからいいんだけど。
彼が心配。

海岸線を走り、途中の街で食事。この街はどこだったんだろう。。。
食事は 鍋。
おいしかった。でも、台湾では小食になってしまう。
普段はおなかすいたー。が口癖なのに。
満たされてるんだと思う。だから、彼だけは 私が小食だと 今も思っています。

鍋の後、温泉へ!やっとお風呂だ!!
今日は、タロコの奥まで。
ホテルで朝食をいただき、洗面も済ます。さっぱり。
あ。。。そういえば、まだ一度もシャワー浴びてない。しょぼん

ここに車を置いてバスに。
バスで 山の上まで行って、ハイキングコースを下りてくることに。

で、ここでもハプニング!

バス停をおりて、ハイキングコース突入したのはいいけれど。
なんと 道がなくなっている。
崖くずれです。
それでも 少し進んでみた。命がけだよ。危ないよー!!

あきらめて 戻る。
戻っても もうバスは来ないんだな。
で、コースよりも道路で戻るのは大変大変遠いみちのりなのです。
ガンバロー!!
何時間歩いたかは既に忘れてしまいましたが、彼は私をほめてくれた。
がんばったよ。本当に。

でもね 途中真っ黒なサルにあいました。
たくさんいた!!

そして、途中の道で素敵な場所発見!!ニコニコ
彼の車は中がベッドになるので安心して睡眠できます。
朝は、早くに目覚め朝日の中でコーヒーを。

マイクロバスが到着!ガーン
台湾の方たちって 誰それかまわずお話してくれるので。。。
質問攻めに。
でも私はわからないから ひたすら笑顔で返します。

彼は答えてたけど。。。
なんかコーヒー売ってる?って聞かれたんだって。

ごちそうしてあげました。

あっという間にバスは去り、さあタープをたたもう!
タープっていうか ただのブルーシートだけど。

ブルーシートをたたんでいる時の山間の景色と朝日。
最高の空間でした。

そして、あうんの呼吸でたためるんです。ブルーシートが。
彼が何を必要としてるか
自分が今 何をすべきか
本当に言葉がいらないんです。
最高の瞬間。。。。

だから、ここは出会ってから1年たった今でも最高の思い出の場所です。
タロコに向かうとき、海岸線を走る。
海に下りて砂浜を。気持ちいいー!!彼の四駆は便利。
そして かっこいい。

ガイドブックの写真によくある景色へ。
何でも有名なものは、実物をみると少しがっかり。例えば「マーライオン」とか。

でも、タロコの景色は実物のほうが断然良かった!
一番のお気に入りは緑水歩道。ここの水の色と景色はタロコで一番のお気に入り。

駐車場から出てすぐの橋には、いろんな顔の獅子がいます。
階段を下りて渓谷の歩道へ。
観光客は、あんまり奥まで歩いていかないらしい。
どんどん奥まで、歩く事をお進めします。

そして車に戻る頃には もう夕暮れです。
さあ、もう少し奥のキャンプ場に行こう!と思ったらエンジンがかからない!!!
えー。なんで。そんなぁ。。。

観光バスももういないし。っていうか誰もいません。
はぁ。

でも、大丈夫。私たちはキャンパーだもん。
ということで気を取り直し、キッチンテントを張る。

駐車場からの景色はとっても素敵なのです。
持っていた食材で夕食を。
空き缶で作ったライトを灯して、幸せな時間だった。
この場所での思い出が、これまでの思い出でも一番なんです。

消えてしまった後は、ランプをつけてお話しました。
あ。。。英語できないっていっても 少しはできます。
彼はペラペラなので 私の英語を理解するのは大変かもしれませんが
通じ合っていると信じてマス。

ランプを買った頃のこと
キャンプが好きだけど一緒にいきたい相手がいなかったこと。
これ、私も。
日本人にはいないの??って真剣に聞いてた。

いるかもしれないけど出会いませんでした。これまで。36年間。
父だけかな。


再会は9月。

9月22日(金)午前中は仕事をして午後の便で台湾へ。

空港に着いたとき、出口にいるはずの彼に会うのが怖くて

出口から出たくない衝動に駆られた。


だって どんな顔して?

なんて言えばいいの?もうこれは 言葉の問題なんだけど・・・

足が震えるし。

声が出ないかも。


もう不安なことはメールで伝えてたけど。

でも 怖い。怖いという表現がぴったり。


彼はメールで、ゆっくり話せば理解できるし。

目をみれば通じるから大丈夫。

と言ってはkれていました。


でもね・・・・


はぁ・・・・・・・・・・・・・・・・


笑顔で迎えてくれました。

言葉は出ませんでした。私も笑顔で返すのが精一杯。


こんな状態で、25日の朝まで一緒に過ごせるの???


彼の車に向かい、荷物を積んで

いざ キャンプ場へ!!

この車、前の車とちがう!でも これも好み。

当然、キャンプ向きです。4×4


彼は、今この’車を our carと呼んでます。

二人のキャンプのためだけにあるらしい。


話しかけてくれる彼の言葉にイエスノーで答えることしかできなかったかな。

でも、二人は幸せだった。

手をつないで・・・


1年は当然会えないと思っていたんだから7月から9月のたった2ヶ月なんだけど

本当に恋しかった。


真夜中のキャンプ場到着。なんと0時

ここはどこ?状態でした。

車はキャンプサイトにまで入れず・・・


夜中にショッピングカートに荷物をのせて 大移動。

自転車とショッピングカート。


そしてテントを2つ建てました。

もう2時。だったかな・・・ だから もう9月23日。

ラーメンみたいなのを作って食べ

ジャックダニエルを飲んだ。

私の大好きなノラジョーンズを聞きながら。

私が好きだといったので買っておいてくれたらしいDVD。

そして、踊りました。 踊るなんて不慣れなんだけどな・・・・


そういえば、はじめての台湾でも 踊りました。カラオケで。

だから彼と踊るのは2度目だった。


あ~。わたしたちは どうなるんだろう。

でもテント2つだし。

そんなこといっても いい年した大人だし。

流れ的には何もないなんて ありえないか。

期待してるけど心配も。


わたしたちの年の差は たぶん11歳。


期待通り、彼のテントへ。。。

その後、私は自分のテントへ。

なんで??っておもったけど。

連れて行かれたから離れ離れに夜を過ごした。

夜中なので、すぐ朝はきたけど。


眠れない・・・

朝、早く目覚めた私は 手持ちぶさたでテント内で自分の荷物をいじったりしていたら

彼が通りかかって。


再び、彼のテントへ移動。


ちなみにこの日のキャンプ場は人がほとんどいなくって

貸切状態だった。


朝ごはんは 何にしたっけ?

忘れたけれど たぶん また麺。

思い出した。ビスケットとコーヒーです。


その後、自転車で渓流沿いを走った。


私たちは、英語でお互いの話をたくさん???した。

たくさんなのかは?だけど気持ち的にはたくさん。


そして、いざタロコへ。

今思えば この日泊まった場所はイーラン。



帰国後、仕事に復帰。

それは7月26日。


忘れもしない、13:00ぴったりに 彼からのメール。

もちろん社交辞令メール。

でも、すごくうれしくて大騒ぎしました。


そして返信。


こうして私たちのメール生活が始まりました。

英語です・・・・

大変です。だって英語できないし。


だから時々、翻訳ソフトみたいなので(ヤフーの)変換しちゃいます。

とんでもない文でも、面倒でなおさずそのまま送る。


彼は分からない時が度々あるらしい。

ごめんなさい。


あなたは英語ができるけど、私は結構大変なんです。


社交辞令メールから各々の生活について。

意識について。

お互いメールが届くのを心待ちにする毎日に。


でも、私のメール、今読み返しても分からない。

それでも彼に通じていたんだからスゴイ。(もちろん分からない。といわれたことも度々です。)


気づけば、お互い恋しいんだと・・・


そして、話題は当然 いつ会えるか?です。

お互いキャンプ大好きなことが分かり、キャンプに行こう!!と。


仕事等々で会えるのは来年なはず。

だって有給がないし。

でも、私が台湾に行けば会える。


8月末には、気持ちが通じていることをお互い意識していました。

そして、チケットを取り、最初の約束タロコへ行くことに。



あれは2006年7月21日(金)。

きっかけは・・・

7月21日から25日まで台北へ。

ひとりではなくたくさんの人と。

まさか、この旅がきっかけで度々台湾へ行くことになるとは予想してなかった。


はじめてだし、台湾って、国なのか中国なのか???なんだか

誘われてからいろいろ調べてみたけれど複雑な心境でした・・・・(誘ってくれたのは日本在住台湾人)


そして、現地での熱烈歓迎に感謝感謝。

暑かった。

現地では1年前に日本でお会いした方も。

初めての方も。


町並みと現地のお友達にすっかり魅了されてしまいました。

そして、そのメンバーのひとりと意気投合?!していました。


私は、中国語はまったく分からないし。ニーハオと謝謝しかしらなかった。

今はもう少し知ってます。

英語がぺらぺらなわけでもないし。


でも心が通じ合ってしまったんだと思う。

今、思い出してもそうとしか思えない。

ほかの誰よりも心が通じた瞬間があった。


私の記憶では・・・・

私好みの車に乗っていたこと。

その車に、たまたま乗せてもらったこと。

そのときの横顔。

観光しているときに親切にしてくれている姿。

偶然?じゃなかったかも・・・だけど偶然同じテーブルで食事をしたとき。

そして、夜市を案内しよう!Yes?No?といわれたとき。

本当はYes。だったんだけど、ほかのメンバーに却下された。

名刺の交換したとき。これは淡水だった。なぜかトイレ前。

でも、カード渡したかった。強く思って 勇気を出して渡したの。


別れの夜のパーティで話したタロコについて。

いつか案内すると約束?!してくれた。でも社交辞令の会話だったんだけどなぁ。

このときもテーブルが同じ。席もとなり。

この時の筆談したピンクの紙は宝物。


今、思えば二人とも意識してたんだとおもう。


カラオケに行き、そこからホテルに帰るとき 彼はまたタロコの話をした。

そして、カードとペンを!と 自分の携帯番号を。

私は!!?? だって、英語も中国語も話せないし・・・・

でも彼は ともだち!を強調。そして電話してね!と・・・

まあ 社交辞令だし うん!と。


このとき、会えるのは早くて2008年?

日本に来る?と確か会話してた。。。なのに、それから2ヵ月後に再開するなんて。


そして再開を約束して、別れた24日の夜。

台風が来ていて25日帰れるの???と不安な夜を過ごしたけれど

無事帰国。


これが初台湾の記憶。

もちろん彼との出会い以外に、夜市でのおいしい思い出。

日本に似ているようで、ちがう景色と暖かいひとたちに

惹かれた事はいうまでもありません。


このブログは、忘れてしまいそうな台湾の思い出を 思い出しながら綴っておこうと思い立ち上げたのではじまりが2006年7月からの記録、


もう思い出せないかも・・・と不安になりながら でも忘れたくないから今のうちに。