研修会場の朝食はバイキング形式です。

今回は大人数の研修が入っているようで、かなり混んでいました。
(全部中年のおっさん・おばさん)




で、かならずいるんですよね。

残すヤツが(-_-メ



いい大人が、自分がどれだけ食べられるかもわからないのだろうか。


百歩譲って、あまりにまずくて食べられなかったっていうのなら、まだまし。


が、今日目に飛び込んできたのは、
取っただけでまったく手つかずのヨーグルトと温泉卵。


ヨーグルトは、個別カップ。
温泉卵は、殻のまま。


ってことは、まずいという言い訳はナシだよね。


どっちもひとつのトレイに残されていたので、犯人は1人。




手つかずだから、戻せばいいとでも思ってるのだろうか?

他人が一度手元に確保した食品を、店側が戻せるとでも思ってるのだろうか?

金を払えば、何をしてもいいと思っているのだろうか?





そういう連中は、食うに困ればいい。

空腹に耐えきれず、残したヨーグルトと卵を想い浮かべながら、
あの世に旅立てばいい。





この世界には、満足に食べることができない人たちが大勢いるんだ。

おなかいっぱい食べるということを知らずに、
ほんの短い命を終わらせてしまう人たちが、まだまだいるんだ。



自分たちがどれだけ恵まれているのか、そんなことも解ろうとしないものは、
知的生命体として生きている資格はない。




人間は、自分の幸福を追い求める生き物である。

だから、自分の幸せのために精一杯生きるのは間違ってない。


でも、自分が満ち足りているのであれば、
あまった分だけでも、まだ足りてない人のために使えないかい?

それは、お金や食べ物といった物質面だけじゃなくていいんだから。

ちょっとしたときに、彼らを想い、自らの行動を振り返り反省するだけでもいいんだ。

そうして誤った行動をやめるだけでいいんだ。





すくなくとも、
こんな研修センターを借りてまで研修させてくれるような会社に勤めている人間が、
物質的に満ち足りていないはずはない。

命を維持するに十分な糧は得ているはずだ。



マズローの5段階欲求じゃないけどさ。

行きつくところまで来てると思うよ。

もうそこから先は、「欲求」じゃなくて「欲望」の段階だよね。



もうちょっと・・・なんとかならんかね、日本人。





さて、授業に行ってこようっと。