前回のブログ、松陰神社の

 

御祭神 吉田松陰は毛利藩の方で、

 

毛利氏の初代の父は大江氏で、

 

大江氏と菅原氏は御先祖が同じ

 

というつながりで、

 

 

菅原氏の方が御祭神の

 

『谷保(やぼ)天満宮』。

 

東京都国立市に鎮座しています。

 

 

御祭神は菅原道真公と菅原道武公。

 

谷保天満宮の御由緒によると

 

菅原道武公は菅原道真公の第三子で、

 

道真公が大宰府に左遷されたとき

 

道武公も武蔵国多摩郡分倍庄栗原郷

 

(現在の国立市谷保)に

 

配流されたといいます。

 

 

菅原道武は、『尊卑文脈』

 

(南北朝時代から洞院家代々の人が

 

継続編纂した諸家の系図の集大成で、

 

源氏・平氏・橘氏・藤原氏、そのほか

 

主要な諸氏系譜を類別にまとめたもの)

 

には名前が載っていない方。

 

 

菅原道真には、夫人が複数いて

 

子どもも大勢いました。

 

 

道真公の左遷のときには

 

官途に就いていた息子たちも左遷され、

 

そのほかの家族も、京に残れた者と

 

地方に行かされた者とがいて

 

家族は離ればなれになったそうです。

 

 

家族については、

 

岩手県一関市に「菅公夫人の墓」が、

 

福岡県太宰府市に「隈麿の墓」と

 

「紅姫供養塔」があるほか、

 

 

長男の高視公が

 

高知県の「潮江天満宮」に、

 

 

次男または三男という景行公が

 

静岡県の「静岡天満宮」と

 

茨城県の「大生郷天満宮」に、

 

 

三男という兼茂公が

 

岐阜県の「飛騨天満宮」に、

 

 

四男または五男という淳茂公が

 

兵庫県の「曽根天満宮」と

 

神奈川県の「永谷天満宮」に、

 

 

八男という慶能君が

 

京都府の「生身天満宮」に、

 

 

23番目の子という福部童子が

 

山口県の古熊神社に、

 

 

何番目かは分かりませんが苅屋姫が

 

大阪府の「蹉跎神社」に

 

それぞれ伝承があります。

 

 

…ブログが長くなってきたので

 

次回に持ち越します。

 

 

牛しっぽ牛あたま 牛しっぽ牛あたま 牛しっぽ牛あたま

 

『北野天神縁起絵巻』には

 

道真公の左遷が決まった時、

 

道真邸「紅梅殿」で道真と子息たちが

 

盛りの紅梅を諸所から眺める風景が

 

描かれているそうなので、

 

紅梅のような赤色のビーズを使った

 

ネックレスを作りました。

 

 

絵巻について書かれた本に

 

「道真の男子四人が四方に流され」と

 

あったので、道真公を含め

 

5コの大きいクリスタルビーズを使い、

 

間にも小さめのクリスタルビーズを

 

入れました。

 

紐は、ナイロンコードを使いました。