明けましておめでとうございます鏡餅

 

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よろしくお願いいたしますうり坊

 

門松 絵馬 おせち

 

数年前の1月に

 

京都の北野天満宮に行きました神社

菅原道真の乳母の多治比文子が

 

大宰府で亡くなった道真公を思い

 

自宅に祠をたてて拝んでいたところ(-人-)

 

夢に道真公が現れてぐぅぐぅ「北野の右近の馬場

 

(現在の北野天満宮のあたり)に

 

祀ってもらいたい」と託宣され、

 

朝日寺の僧 最珍らとともに

 

“一夜にして千本の松が生じた”という

 

北野の地に、天暦元(947)年に

 

神殿を建てて菅原道真公を祀ったのが

 

はじまりだといいます。

 

 

道真公が祀られる前は、

 

天地すべての神々である「天神地祇」を祀る

 

地主社があったそうで、この地は

 

平安京にとって重要な場所だといいます。

 

 

『楼門』


ジャンボ絵馬の上の扁額にある

 

「文道大祖 風月本主」とは

 

平安時代中期の学者らが

 

道真公を讃えた言葉だといいます。

平安時代前期の学者で

 

政治家でもあった菅原道真は

 

宇多天皇のもとで異例の昇進をとげ

 

右大臣になりました。

 

 

天皇と怨霊について書かれた本によると本

 

右大臣になった菅原道真を疎んだ

 

左大臣の藤原時平は、道真公を失脚させようと

 

宇多天皇の皇子に道真公の娘が嫁ぐことに目を付けニヤ

 

宇多天皇のあとに即位された醍醐天皇に

 

「道真公が醍醐天皇を廃し、宇多天皇の皇子を

 

即位させようと計画している」という讒言をし、

 

醍醐天皇は道真公に太宰権師に命じる勅を出しました。

 

 

道真公は、出家して法皇となった宇多上皇に

 

自身の潔白を訴え、宇多上皇は左遷をやめさせる

 

ために禁裏御所へ出向きましたが、

 

門を閉ざされてしまって止めることができず、

 

道真公は大宰府に左遷され船

 

失意のまま亡くなったといいます。

 

 

その後、都では

 

宇多天皇に対し御所の門を閉ざした藤原菅根が亡くなり

 

道真公を左遷に追い込んだ藤原時平が亡くなり、

 

道真公を疎んで左遷に加担した三善清行が亡くなり

 

左遷に加担し道真公のあとに右大臣になった源光が亡くなり

 

藤原時平の妹の穏子が産んだ皇太子も薨去したため、

 

人々は道真公の祟りだと噂しました。

 

 

朝廷は、亡くなった道真公を

 

右大臣の職に復したり、

 

左遷の宣命を取り下げるなど

 

道真公の怨霊を鎮める行動に出ましたが

 

藤原時平の娘が産んだという次の皇太子も

 

5歳で薨去したといいます。

 

 

この頃、京では咳病(インフルエンザ)や天然痘が

 

流行っていたとも考えられているそうですカゼ

 

 

さらに、延長8(930)年

 

日照り続きのため晴れ宮中の清涼殿で

 

雨乞いの相談をしていたところ

 

清涼殿の柱に雷が落ち雷

 

道真公の左遷に関与したという公卿を含む

 

5人が即死するなどし、この出来事に

 

衝撃を受けた醍醐天皇は

 

体調を崩して3ヵ月後に崩御されました。

 

 

その後、北野の道真公を祀った神殿は

 

藤原氏により大規模な社殿の造営が行われ、

 

延永元(987)年には一條天皇の勅使が

 

派遣されて国家の平安が祈念され、

 

このときから「北野天満天神」の神号が

 

認めらました。

 

そして代々皇室の御崇敬を受け

 

国家国民を守護する神として

 

崇められてきたといいますキラキラ

 

 

重要文化財の『三光門(中門)』

日・月・星の彫刻があることから三光門というそうですが、

 

星の彫刻は無いと言われていて『星欠けの三光門』とも

 

いうそうです星空

 

 

かつて御所は、現在の京都御所よりも西側

 

(二条城の西のあたり)に位置し、その御所から

 

帝が北野天満宮を遥拝する際、三光門の真上に

 

北極星が瞬いていたと言われているそうです星

 

 

北極星は「帝」とも呼ばれ、天皇大帝として信仰されて

 

いたため、三光門には星が刻まれていないとも

 

言われています。

 

 

平安京は、陰陽道(風水)に基づく四神相応の地と言われ

 

北野天満宮のあたりはかつての大極殿の北西(西北)に

 

位置しました。

 

 

北野天満宮の社報によると、

 

北東は「鬼門」と言われ、邪気や厄災の入り込む

 

方位とされているのに対し、北西(西北)は

 

「天門」といって全陽の「気」が働く方位で

 

神々を祀る地であるといいます。

 

 

国都の形成において「西北」は

 

重要な位置だそうで、北野天満宮近くの

 

大将軍社(現在の大将軍八神社)も

 

星神である大将軍神を祀り

 

平安京の方位の厄災を

 

解除するために創建されたほか

 

(明治の神仏分離令が出されたあとは

 

素戔嗚尊などをお祀りしているそうです)、


 

大阪市の、大坂城の南側にあったという難波宮の

 

都の西北にも、大将軍社(現在の大阪天満宮)が

 

鎮座し、国家の安泰が祈願されていたといいますキラキラ

 

門の彫刻が色鮮やかでしたアート

 

ブログが長くなってきたので

 

次回に持ち越しますペンギン

 

 

晴れ お月様 星

 

星欠けの三光門の

 

月の彫刻が黄色で満月

 

日の彫刻が赤かったので晴れ

 

似たような色の石でネックレスを作りました。

ルチルクオーツ(金紅石の針状結晶を含む石)

 

として売られていたものの中に入っていた

 

黄色い石を使いました。

ゴールドカラーの革紐を合わせました。

 

赤い石もルチルクオーツの中に入っていたもの宝石赤

ブロンズカラーの革紐を合わせました。

 

 

星の彫刻は無いそうですが、

 

せっかくなのでもう一種類作りました。

色が分からないので水晶にしました。

革紐はシルバーカラーにしました。

 

 

画像を見ると革紐が歪んでいるようにみえますが、

 

使うと柔らかくなって良い形になると思いますおうし座

 

 

『ルチルクオーツ』

 

石ことば…家庭円満

 

石の力…金運、ギャンブル運を引き寄せる。

 

   ルチル(金紅石)の強さが水晶のエネルギーを

 

   高め、集中力・直感力・持久力を増す。

 

   前に進む勇気と行動力を与える。

 

 

『水晶』

 

石ことば…会心

 

石の力…潜在能力を引き出す。

 

    すべてを浄化し、幸運を招く。