前回のブログが、神奈川藤沢市の

 

江島神社だったつながりで、

江ノ島駅から江ノ電で行ける

 

鎌倉市の『鶴岡八幡宮』。

源氏の氏神として有名な神社だそうです。

 

 

第56代 清和天皇の孫、経基王は

 

臣籍降下して「源」の姓を賜ったため

 

「清和源氏の祖」といわれています。

 

 

源基経の曾孫にあたる源頼義は、

 

桓武平氏の祖 平高望の曾孫にあたる

 

平忠常が起こした反乱を鎮めたそうで、

 

これにより関東の平氏は衰退し

 

清和源氏が力を強めて、関東に地盤を築いたといいます。

 

 

源頼義は、相模国・武蔵国・下総国の守を務めて

 

東国の武士を掌握し、東北の陸奥国の豪族 安倍頼時が

 

起こした反乱を、子の頼家と豪族 清原氏とともに

 

平定しました(前九年の役)。

 

 

その後、康平六(1063)年

 

相模国の鎌倉に戻った源頼義が

 

出陣に際し、源氏の氏神として御加護を

 

祈願していた京都の石清水八幡宮を

 

由比ヶ浜にお祀りしたのが

 

鶴岡八幡宮のはじまりだといいます神社

 

境内には『由比若宮遥拝所』がありました。

 

 

頼義の子 源義家は、石清水八幡宮で元服したため

 

「八幡太郎」と号していました。

東京都府中市の大國魂神社の近くにある源義家公の像。

 

武蔵国の大國魂神社にも戦勝祈願をしていたそうです(-人-)

 

 

源義家は、清原氏の相続争いによる兵乱を

 

鎮めましたが(後三年の役)、戦いは一族の内乱に過ぎない

 

ということで朝廷から恩賞が受けられなかったため

 

共に戦を勝ち抜いた部下たちに自分の財産をなげうって

 

恩賞を与えました¥¥¥

 

 

これは源氏と東国武士の絆を強固なものにしたといい、

 

子孫にあたる源頼朝が平家打倒のために挙兵をした

 

ときには、源氏の旗のもとにいち早く駆け付けたのは

 

東国武士だったといわれているそうです馬

 

由比若宮遥拝所近くにあった『鶴亀石』ヒヨコカメ

 

水で洗うと鶴亀のような紋様が輝き現れると

 

伝わる石だそうですみずがめ座

 

 

治承四(1180)年、挙兵した源頼朝は

 

大敗して安房国に逃げ込みましたが、

 

そのあとすぐ先祖ゆかりの地である相模国の鎌倉に入り

 

由比ヶ浜の八幡宮を現在の地に移しました。

現在のお社は大臣山の中腹に鎮座していますが

 

この地には、はじめ稲荷社があったそうで

 

それを移して社殿を建てたといいます。

 

 

画像はありませんが、境内の丸山稲荷社が

 

その稲荷社なんだそうです。

 

御祭神は八幡神である応神天皇と

 

比売神と神功皇后です。

 

 

…ブログが長くなってきたので次回に持ちこしますペンギン

 

 

セキセイインコ青 セキセイインコ黄 オカメインコ

 

扁額の『八幡神』の八が鳩になっていました。

鳩は八幡神のお使いなんだそうですオカメインコ

 

 

社殿が赤かったのと、鳩なので羽のチャームを使い

 

ピアスを作りました耳

赤い石はレッドジェダイト宝石赤

 

並べると、羽が『八』になりますハチ

 

『ジェダイト(翡翠)』

 

石ことば…健康と繁栄

 

石の力…霊的、精神的パワーを高める。

 

   人間関係を円滑にする。

 

   稼業の繁栄をもたらす。