「嫌い」から見える自分(1コリント13:12) | ぶどうの枝ミニストリー 茶売君枝

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「嫌い」と思う気持ちを、よくないものだとして隠す必要はありません。人は食べ物や色やスタイルに関して「好き嫌い」があるものです。

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自分の気持ちを大切にすることです。好きなものに理由は要りません。嫌いなものを無理に食べても健康にいいことはありません。

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また人に対しての「好き嫌い」があります。「なぜあの人が嫌いなのか」を考えることは自分を知ることにつながります。相手は自分を映す鏡ですから。

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自分の「嫌い」の感情を認め受け入れることで、相手のことも受け入れられるようになります。

今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、その時には顔と顔とを合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、その時には、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。
(1コリント13:12)

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