昨日、友人夫妻が出席している教会の献堂式に出席しました。友人夫婦とは38年前からの親交で、彼らが結婚する出会いを作ったのが私でした。

当時、アメリカ留学中の私は、スペイン語クラスで出会った彼女を教会に誘い、クリスチャン青年を紹介しました。まさか,その時、彼らが結婚に導かれるとは思いませんでした。彼の一目惚れでした。
久しぶりに2人に会うのが楽しみで、台風17号が接近している午後、西荻窪まで出かけました。

ところが、献堂式で突然牧師が祝辞を私に頼んだのには驚きました。神学校で恩師から教えられた「牧師はいつでもメッセージができる」の言葉が浮かびました。

すでに予定されていた2人の牧師の後に、私は詩篇127篇をお祝いの言葉として話しました。
また、このみことばは友人夫妻の家庭に実現していると思わされました。

10年前から糖尿病で目が不自由になった彼は、献身的な彼女に感謝していることを話してくれました。2人を通して神が確かに働いておられることを見て、私の心が満たされました。
主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。
(詩篇127:1)
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