本日6月6日は、祖父の命日。
もう・・・・年前のことになる。
もともと心臓が悪かったけど、
薬を飲みながら普通に生活をしていた。
亡くなったのは突然のことだった。
その日の朝までは、普通に仕事に出かけていったのだ。
もし、あの日、あの時、あの場所で・・・
本当に、その通り。
たった一つの選択で全てが変わったのだ。
それが、宿命の力と言うものなのだろう。
しばらくは実感がなく、悲しいとも思わなかった。
”死”と言うのもに対して実感が薄かったってのもあるだろう。
亡くなった日か、翌日が友引だったので
一日葬儀をずらしたため、
祖父が寝かされていた部屋は
一日中エアコンがつけっぱなしだった。
涼しいから祖父の布団にもぐりこんで
一緒に寝ようとしたら怒られたのを覚えている。
のどに刺さって取れなかったうなぎの骨が、
祖父の葬儀の最中にいきなり取れてなくなったのだけは
忘れられない。
祖父の思い出はかなり少ない。
わたしが幼稚園のとき、母が入院したことがある。
その際祖父母の家に預けられていたときの記憶が
祖父の記憶の大半を占める。
祖父の心臓の薬各種を出してあげるのがわたしの仕事だった。
朝はオレンジと黄色と粉。
夜は白と青と・・・
とか、そんな感じ。
家の中でかくれんぼをしてくれたこともあった。
懐かしい・・・
忘れたくはないのだけど、忘れていってしまう。
仕方がないことなのだけど・・・
残念だ。
わたしの誕生日が9月9日。
祖父の命日が6月6日。
ぞろ目に運命を感じてしまうのは、わたしだけ?
特に身内に関しては3の倍数には敏感だ。
3月3日と12月12日。
悲しい記念日にならないことを願う。
