息子が自分のことをことごとく卑下する発言
をしてから1ヶ月。あれから、何とか…なんとか烈火の如く怒鳴り散らすことは(ほぼ)止めました。
でもついつい頭に血が登って、嫌味な言い方をしたり、怒鳴らないにしても語気が強くなったり、睨みつけてしまうことはまだまだあり…。
そんな中、今日言われたのが、
「ぼくは居ない方がいいと思う」
正直、またか…と。注意はするけど、感情に任せて怒るっていうのは止めれるようになってきた
と、自画自賛し始めた途端コレだ。
勿論、問いました。
「本当にそう思うの?どうして?」と。
すると、
「だって、(お母さん=私は)怒りたくないんでしょ?」
「(自分は)いつも怒られてる。(自分が)いなければ怒らなくて済むじゃん、ほら、居ないほうがいい!」と。
何か、論理的で感心してしまった。
感心してる場合じゃないのに。
私はよく、「怒りたくない」とか「このまま(言うこと聞かないと)怒るしかないじゃん、怒りたくないのに」と、よく言ってたし、今も言うときがあって。
それは、「(息子は)怒られるの嫌だよね?お母さんも怒りたくないんだよ、一緒に笑顔で過ごしたいんだよ!」という意味だったけど、息子にしてみれば、「お母さんは怒りたくないのに、(息子が)怒らせる!悪いのはお前だ!」と聞こえていたということ。
でも、最近怒鳴り散らしてないことに、ほんの少しの自信もあるし、怒鳴られることだけが息子に怒られたと感じさせてるわけではないだろうから、息子に聞いてみた穏やかに…、「いつ怒られた?」「今日は?…昨日は?」と、すると「○○の頃とか」と4ヶ月以上前のことを言い出す。
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深刻だと思った。
そのくらい前のことと思っているのに、居ないほうがいいと考えていることが。
私が、ただただ、怒鳴るのを止めることばかりに力点を置きすぎて、褒めるのが足りてなさすぎることが。
まだ息子の心の穴は全然埋まってない。
そして、想像以上に大きくて深い。
どうしたらいいんだろう。
然るべきところに相談してもきっと、兎に角、何でもいいから、認めて褒めてあげてと言われるのだろう。
最近少し忘れかけていたけど、この間クリニックに行った時、今すぐ(私が息子に)出来ることは、何でも「だめ」とか「待って」とか言わないで、一緒に何でもやってあげること。とも言われた。
認める・褒める
やりたいこと・求めていることに、限りなく応える
文字にするのは簡単なんだよな。