今日は姉サルの6才のお誕生日
今日はダーリンがお休み取れなかったから、一日早いお祝いを昨夜しました~
メニューは・・・
御当人のたっての希望でステーキ・・・肉食だねぇ
家族みんなの大好物のミネストローネ・・・給食並みの量を作ったのに、もうない
ポテト&ブロッコリーのチーズ焼き
サラダ、から揚げ、フライドポテト
あ・と・は・・・ケーキ
いやぁ~食べた食べた
プレゼントはDS-iとソフト数本(殆どが中古で500円
)
姉サル大喜び~
夜、大満足で寝ている姉サルをつくづく見つめ
「あれからもう6年経つのかぁ・・・」
と思いにふけってしまったドロンジョ
思い起こせば6年前・・・
姉サルを出産したときは大変だったなぁ・・・
(私より周りの人がね
)
ドロンジョの持病のために、選択の余地なく「出産は帝王切開」と決まっているドロンジョ
おまけに早産体質で、ドクターから
「君の行動範囲は布団の上だけ
」
と言われているにも関わらず、入院当日まで仕事をしていたドロンジョ
だって無理でしょ、産休育休なんか取れない自営業者・・・
おまけに兄サル(当時2歳3ヶ月)がいるんだから
ダーリンは当時お店に出ていて、帰宅は深夜&週末に休めることなんてない生活だったし
で、事前に出産日を決めてる予定帝王切開だから、手術日=出産日なわけで・・・
出産日が事前に分かってるのってビミョ~な感じだったけど、色んな予定&段取りが取りやすくて結構助かった
が・・・
そこは早産体質&無理してたドロンジョ
入院予定日より早く陣痛きちゃって
(因みに兄サルの時も同じ
)
緊急入院&緊急帝王切開
で、無事に姉サルを産み落とし、手術室で感動の御対面をしたまでは良かった・・・
病室に戻ったとたんに、てんかんの大発作を起こして、それ以降5日間ほど記憶がございません
ナースコール押して看護士さんに訴えた
「なんか寒気が・・・熱でもあるのかなぁ・・・」(ここまでは覚えてる)
の言葉を最後に、意識を失った模様
私の名前を呼ぶドロンジョ母と看護士さんの声が遠ざかっていたことだけは、今でも鮮明に覚えてる
聞くところによると・・・
その後もドロンジョのけいれん発作は、どんな薬を投入しても止まることはなく・・・
とはいえ、発作があまりに続くと色々危険が出てくるそうで
(痙攣が続くと筋肉組織が剥がれ落ちて、それが血栓のようになって脳や心臓で詰まったり・・・とか)
已む無く、発作が止まるまで強制的に薬で眠らされ・・・
ICUの中で眠り続けること5日間・・・
毎日会いに来てくれていたダーリン曰く
「日ごと冷たくなったゆくお前の手を握って、植物状態になっても一緒に生きてゆく覚悟をした」
と・・・
そして・・・
ドロンジョの両親がダーリンに言ったそうです
「どんな事になっても、子供達は一緒に育てるから」
と・・・
そんなひどかったの?状態のドロンジョ
ひとごとでゴメンなさい
でも、正直ひとごとです・・・何せ一切記憶にないので
そんなドロンジョも5日目に覚醒
と、思いきや・・・
自分の身体が一切動きません
唯一動くのは・・・眼球だけ
産科の看護士さんが渡り廊下を渡って毎日姉サルを産科病棟から私の病室まで連れてきてくれるけど・・・
(新生児だから普通は有り得ないけど、私を気遣ってくださったんでしょうね・・・ありがたい
)
抱くことはおろか、触ることも自力では出来ず・・・切ない
首を動かして姉サルの方を向くことも出来ないドロンジョは、看護士さんに首を横に向けてもらって、隣で眠る姉サルをただただ見つめるしか出来ない自分が
情けなくって・・・
悔しくって・・・
切なくって・・・
不安で・・・
「こんな母親、居ない方がましなんじゃないか」
て思ってしまったことも一度や二度じゃなく・・・
動くことも話すこともできず、ただひたすら寝たきりで天井を見つめることしか出来ない自分
そんな現実に途方に暮れるしかなかったある日・・・
天井を見つめているうちに眠ってしまったドロンジョが目を覚ますと・・・
ベッド脇に座って、私の右手を両手で包むように握って(私は感覚ないけど)、自分の額に押し当てて突っ伏している白衣の人が居る・・・
産科の主治医だった
先生と目が合った・・・
もちろん私は言葉を話すことが出来ないけど、先生も言葉はなかった
いわゆるあれが、「目で会話する」という体験だった
本当に分かった・・・先生が私に伝えたいことが
私も伝えたかった・・・
「誰のせいでもないよ
なるべくしてなったこと・・・
いろんな危険がありながら、出産を望んだ私の責任だから
心配しないで・・・」
でもきっと、先生には伝わったんだと思う
先生は無言のまま、少しだけ頷いて病室を出て行った
私は・・・
なんだか・・・
晴れやかというか、妙にすっきりした気分だった
で、その時、ドロンジョは気付いたのであります
「私、情けないって感じられてる・・・
悔しいって感じられてる・・・
どうしたらいいの・・・って考えられてる
人の気持ち感じられてる
私・・・心と頭だけは生きてるんだ
だったら・・・
身体の機能くらい、気合いで取り戻せるでしょ
」
と・・・
今思えば、まさに・・・
「母は強し」
出産直後で母性本能全開状態だったのも幸いしたのかも
それに気付き、
「絶対に絶対に元の生活に戻ってみせる
」
と自らに誓った瞬間から、ドロンジョの頭の中では「ロッキーのテーマ」が延々と流れていたものです
とはいえ、生まれたての姉サルと全く同じ状態で、首もすわっていないドロンジョ
まさに生まれたての赤ちゃんが大人になってゆくまでの、身体的な成長過程を
ギュ~ッと凝縮して詰め込んだようなリハビリの日々
首がすわった
手と足の指先だけ動くようになった
腕が動くようになった
足が動くようになった
座れるようになった
スプーンとフォークでご飯が食べられるようになった
ベッドから1人で下りられた
つかまり立ちが出来るようになった
自力で立っていられるようになった
伝い歩きができるようになった
1歩あるけた
歩いて病室から出られた
エレベーターホールまで歩けた
言葉が話せるようになった
こういう日常当たり前に出来ていたことを、1つ1つ覚え直してゆく日々
正に・・・
「生き直し」
BGMは「ロッキーのテーマ」
エレベーターホールまで歩けたことをダーリンに伝えたくて
ただそれだけを伝えたくて、短いメールを思い通りに動かない指で丸一日かけて打ったこと
看護士さんが食べさせてくれると言うのも聞かず、
「何時間かかっても自力で食べる」
と強情をはったものの・・・
途中で腰と首が支えきれなくなって食事の上に倒れこんだまま
自力では起き上がることも、お味噌汁から顔をずらすことも出来ずに
看護士さんが発見してくれるまで、お粥とお味噌汁まみれで突っ伏したままでいるしかなかった情けない自分
看護士さんやドクターが
「そんなに無理しなくても・・・」
と言うほど壮絶だったかもしれないけど、つらいと感じたことはなかったなぁ
ただただ悔しかった・・・
申し訳なかった・・・
母親のくせに・・・
生まれたばかりの我が娘も抱いてあげられないなんて
母親のくせに・・・
息子に不安気な顔をさせてしまっているなんて
奥さんのくせに・・・
ダーリンに「お帰りなさい」といってあげられないことが
それでも、あの状態から這い上がってくることが出来たのは
本当に家族のお陰・・・
ありがとう
そして・・・
何より、姉サルが生まれてきてくれたお陰
あなたが無事に生まれてきてくれたからこそ、マミィは頑張れた
だから
これまでも、これからも、あなたのお誕生日には言い続けるよ
「おめでとう」
と、
「ありがとう」
を
あなたが生まれてきてくれたこと・・・
私が元気にあなたを育てられていること・・・
それが全てだから
姉サル、兄サル、ダーリン、先生・・・
いろんな人たちが、色んな形で気付きやキッカケをくれたから
だから、今日の私が居る・・・
そんな感謝の想いを新たにする日・・・
それが姉サルの記念すべきお誕生日
だから、もう一度・・・
「ありがとう、姉サル
」