専門家でもなければ、医者でもないので
本当のところはわからない。
でも。
気付いて自覚し、変わろうと
努力しなければ、ぐんぐん引き込まれてゆく…
そんな因果があるように感じてしまう。
それが
親子関係。
親の引力。
親が、子供からみてとっても素敵な人ならば
子供もどこか「素敵」な素質を備える。
雰囲気がどこか似てくる。
それはきっと子が親のようになりたい…って
ひそかに思っていたりするからだ。
よくある光景。
ただ、ここで言いたいのはそうでないパターン。
親が、子供からみてとっても厄介な人なのに
子供もどこか「厄介」な素質…素質とは言わないけれど、
まぁ、そんな雰囲気を備えてしまう。
雰囲気がどこか似てくる。
本当は嫌で仕方ないはずなのに。
一体、どういうことなんだろう。
親に限って、家族に限って、血筋に限ってだけ
なのかもしれないけれど、
子は、親のいいところも悪いところも、受け入れて
真似てしまうのか。
知らない間に。
取捨選択することなく。
虐待の連鎖なんて言葉をふんわり聴いたことがある。
嫌なものは取り入れなくてもよいという判断が親子関係では
正常にできないから、連鎖してしまうのだ。
そんなふうに思えて仕方がない。
「客観的に」っていう言葉をぶつけることが
親子関係では難しいのか…
そういう私も完全ではないにしろ、
父親とは水と油の関係だということに
17歳で気付いて、「客観的」に見ることにした。
それが今の年齢になってようやく実を結んだ。
自分勝手だが、幼少の頃の私では
考えもしなかった、
「新しい親子関係」になった。
何度も何度も友達の父親と比べては幻滅し落ち込んだ。
子は親を選ぶことはできない。
それが悔しくて悔しくて、
「何でお父さんは…」「何でお父さんは…」
こんなことばかり。
でも、17歳になる頃までにいろんな本を読んで
幼いながらに父親という存在を少し離れたところから
見てみる…ということに気付いたのだ。
そうは言っても、最初は離れたところから見ようと
ただ構えただけで、すぐにはちゃんとした見方などできなかった。
でもめげずに続けた。
長かった。
数年かけて少しずつ、変化した。
父親が立体的に見えてきたのだ。
恥ずかしながら平面的にしか見えなかった父親が
だんだんと…
まるで友達を見るかのような不思議な感覚。
「親だから」なんて全てを内包してしまような感覚ではなく、
どこか説明のつかない新しい感覚。
父親は私が変わったことになど気付く様子もなく
ただ、いつものように私に悪態をつく。
それが今は何の気にもならなくなった。
悪友の持つ、温かさのある悪態のようにさえ
聞こえてくる。
親は親。
自分の親として存在するからには…
そんな偉そうな要求、できたもんじゃない。
親だって人だ。
私みたいな人間がいつか親になることを考えれば、
親もどこかで、ただの「人」から「親」になるための準備は
必要だったと思うが、自分の思い3割伝わればいいかな…
という気もする。
伝えても伝わらないもどかしさが、もしかしたら
「壁」となり、自分のパワーアップに繋がるのかもしれない。
ただ、何もせずに時間だけが過ぎていけば
自分が嫌だと思う親のように、
知らない間に成り下がっている可能性もある。
「壁」なら壁として、体当たりする価値はあり、
壁にならないならならないで、反面教師としてでも
ちゃんと目をそらさず客観視する必要があるのかなと思う。
面倒くさいけれど、悩んで良かった話。
でも単純に素敵な父親には、この歳でも憧れる。
家族くらい、いろいろ考えずに付き合いたかったな…