長生きは美徳か | ❖新利久日記❖

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自分で寿命が決められたら

こんにちは、
今日もいらして下さり
ありがとうございます。



昨日12/4の東京新聞夕刊に記事から
来年で旗揚げ25年人気劇団「大人計画」を主催する
松尾スズキさんが50歳を機に一人芝居をされる。


「生きちゃってどうすんだ」
百歳を迎えたオカマ、その人生を彼と接点のある5人の証言者で
彼の人生を浮かび上がらせる。
「長寿にする技術はどんどん発達するけど、
『生きさせられる』状況は不幸なのか、幸福なのか自分には
見えないと語る松尾さん。

百歳以上の多くの高齢者が所在不明と分かった問題から
着想を得た。「消えた百歳問題の人達がもし生きていたら
想像すとロマンと同時に自分の死を自分で決められない変な話だと」。



「大人計画」の主催だけあっていつもながら
 タブーに切り込んで面白い舞台をみせてくれるでしょう。
「生きちゃってどうすんだ」公演は5から16日まで(前売りは完売/当日5,500円)



確かに「長寿にする技術」例えば
医療の進歩は目覚しく、そして素晴らしいです。
昔は「不治の病」だったものが注射で治ったり。
栄養価の高い食事や、健康食品など。
危険に対する安全技術


なんだか長く生きる分だけ
「複雑な病気」が生まれてくるような


寿命が恐ろしく伸びましたね。でも問題は
「寿命の質」と思います。
ボケもせず、ピンピンしてればいいですよ


長く生きたって
動くことも、話すことも、感じることも出来ず
「『存在としての個体』だったらと思うと
生きてるけど…ねぇ


「ライフ・エンドボタン」みたいなものがあって
「本当に苦しい、辛い、もう十分」と思ったら押して
この世に手を振ることができたら。


でも、「生きること」より
「死ぬのこと」がものすごくエネルギーを
使うと思うんですよ。
一度でも自殺を考えることがあったなら



Mors certa, hora incerta. 
死は確実、時は不確実

死ぬことは確かだが、いつ死ぬかは誰にもわからない




健康に気をつけて生活していたって病気になる時もあるし
暴飲暴食していたって90歳でピンピンしていたり
突然の事故で死んでしまったり
九死に一生だったり



長く生きることになったら、嫌でも生きることになるし
なんかの拍子で「ろうそくの火」消されるかもしれないし


これはばっかりは「運命に任せるしか」ですけど
「ライフ・エンドボタン」を押すのだって「運命」かも




お読みいただき、ありがとうございました。
<(_ _*)>



しりとり [パフ]
「液晶テレビ きしょうテレビ」従来の表示用ブラウン管テレビの代わり
 に
ネマチックえきしょうパネルを使用した薄型、軽量のテレビ。
デジタル放送完全移行前に買ったテレビは20インチ11万でした。
今じゃ、同じ大きさで7万切ってるし。(´д`lll) 


 今の使ってるテレビは、まだ厚みがあるタイプです