ホリちゃんです生涯を通じて、何度も引っ越しした画家は多いですが、ゴッホもハンパでない引っ越し回数を誇る芸術家です。

       

その景観を愛して止まなかったオーヴェルの教会は、今もゴッホが生きていた頃のたたずまいを残して、オーヴェルの町を見下ろす高台に立っています

       

正確にはオーヴェル・シュル・オワーズと言って、川の名前がうしろにつきます。ゴッホの作品をコピーした看板が至る所にあって、一目で何の作品かわかります ゴッホはフランスで活躍しましたが、もともとオランダ人です。オランダやベルギーを転々として寒さの厳しい気候・風土に慣れています。そんな背景から、好対照な環境を求めて行ったのが、南仏のアルルです。ところが、到着した日が、何十年に一度の大雪の日であり、ゴーギャンとの破局から「耳そぎ事件」など、歴史に残る奇行で波乱万丈の生活をおくってきたのです 

        

うつ病が悪化し、サンレミの精神病院でも、病が癒えることなかったゴッホが、友人の紹介で最後にやってきたのが、美しい街なみとともに、広大な麦畑の景観が特徴的なオーヴェルの町でした

          

この麦畑の景観は、彼を癒したと同時に危険なインスピレーションも与えたに違いありません。どうしても、カラスの群れが舞う不気味な麦畑の景観とゴッホのピストル自殺に深層心理的な深いつながりがある気がしてなりません。

       

いずれにしても、麦畑の間の道を延々と歩いたところに共同墓地があり、その中にゴッホのお墓があります。

       

       

弟のテオと並んで葬られています。「社会人失格」だった兄を経済的にも精神的にも生涯支え続けた、希有な弟でした。テオがいなければ、生活ができず、絵具や画材ひとつ買うにも事欠いたゴッホの作品は、唯一の理解者、テオとの共同制作といえるのです。

       

町の観光案内所は、お国自慢のメッカですが、オーヴェルの町の自慢はゴッホです。ここで詳細な資料をもらって出て来たホリちゃんたちの前に、愛らしいネコが現れました無類のネコ好きのホリちゃんはこうなったらネコの動きをしばらくフォローすることとなりました

        

       

       

       

       

       

そんなことをしていたら、観光時間がなくなってしまうそこで次に向かったのは、ゴッホが屋根裏部屋を間借りして住んでいた「ラブー亭」です。

       

向かいには、町役場が立っています。このあたりは、観光客がいっぱいいます。

       

       

ゴッホの立像があるのはゴッホ公園です。この立像のように、毎朝、ゴッホはカンバスと画材を抱えて出かけて行ったのです。

       

周りは公園も含めてメルヘンチックで風光明媚です。

 ゴッホは、愛して止まなかったこの町にわずかしか滞在していませんが、何者かが彼の心を捉え、インスピレーションを刺激したのでしょう。集中的に2か月余りで70点の作品を完成させ、画家として最後の仕上げを行いました。この町は、フランス国鉄も通っていますが、公共交通機関は少々不便です。ホリデイのようなパッケージ旅行だと楽です。ホリデイツアーに関しては、こちらをご覧下さい。


       

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