ホリちゃんです日本の京都をはじめ世界中数多くの町と姉妹都市になっているフィレンツェをとりあげます。まさに文化都市のイメージで、京都と同じく古都であり、旧市街はユネスコの世界遺産であるだけでなく、欧州文化都市としてEUの中でも異彩を放っています。その陰には、パトロンとなったメディチ家がいます。

       

ミケランジェロの丘からアルノ川の対岸の旧市街を展望すると、クラシカルで均整のとれた街なみがよくわかります。

       

ミケランジェロのダヴィデ像がありますが、こちらはコピーで、本物は、アカデミア美術館にあります。

       

このダヴィデ像の向こう側に、通りを挟んで、ホリデイツアーで良く使うレストランがあります。

       

昔から様々な業種の職人組合が盛んで、多くの商人で賑わっていた、豊かなフィレンツェでしたが、黄金時代といわれた14世紀頃からの豊かさの象徴が、ヴェッキオ橋です。今でも、貴金属・宝石商のメッカです。

       

ヴェッキオ橋の近くには、ヴェッキオ宮殿や、シニョ-リア広場、ウフィツィ美術館、そしてドゥオモなど、錚々たる建物がまとまって見えます。

       

       

フィレンツェの町には、14世紀から造幣局があって、「フィオリーノ金貨」という貨幣も鋳造されており、全ヨーロッパの標準通貨になていました。メディチ家も金融業の先駆けの業務で大富豪にのしあがってきた貴族でした。15世紀には、出世して、
ローマ法王庁の御用銀行となり、ヨーロッパ各地に支店を開設して、今風にいえば、大手貿易商社のネットワークと結びついた国際金融センターの地位にのしあがっていました。ついに、レオ10世、クレメンス7世という、メディチ家出身のローマ法王まで出ましたまた、ヨーロッパの王室とも婚姻関係を結びました。カトリーヌ・ドゥ・メディシス、マリー・ドゥ・メディシスと、2人の令嬢がフランス王家に嫁ぎました

       

サン・ジョヴァンニ洗礼堂の「天国の扉」のコンクールを巡って、ギベルティが勝利をおさめた15世紀、メディチ家では、コジモ・デ・メディチ(祖国の父)とロレンツオ・デ・メディチ(豪華王)が出て、軍事的・経済的に全盛期でした。その裏付けがあって、多くの芸術家がキラ星の如く輩出するのです

       

       

フィレンツェのシンボルとなっている美しい丸屋根(クーポラ)は、ギベルティと争ったブルネレスキが手がけました。絵画の分野でも、この時代、画期的な遠近画法を正確に駆使したマザッチョの絵画が現れ、その後を受けて、フラ・アンジェリコやボッティチェリが活躍し、極めつけは、ルネサンス時代の3大巨匠とされるレオナルド・ダ・ヴィンティ、ミケランジェロ、ラファエロらの登場ですね

       

       

ドゥオモ広場を歩きながら思ったことは、軍事力の強さからくる政治的安定感と経済的豊かさで芸術家のパトロンとなって保護するメディチ家なくして、偉大な芸術家たちがフィレンツェで活躍することはなかったということです。



メディチ家の跡継ぎは18世紀で絶え、断絶します。しかし、最後のメディチ家当主がしたことに歴史的意義がありました。「メディチ家が収集した膨大な絵画・美術品のコレクションを絶対にフィレンツェの外に持ち出さない」という条件で、当時、オーストリア帝国の支配下だったトスカナ公国に寄贈したという話です。その決断がなかったら、先進国イタリアの、芸術的感性では時代の先端を行っていた、フィレンツェの美術品はアルプスを超えて外国へ流出していたかも知れませんし、ウフィツィ美術館のコレクションもあれほど網羅的ではなかったかもしれません。

       

ファサードが印象的なサンタ・クローテェ教会へも行ってみて下さい。ミケランジェロやガリレオ・ガリレイなど、有名人のお墓もあります。

      

ホリデイツアーでぜひともイタリアへ、フィレンツェへ行ってみて下さい。

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