ホリちゃんです。バチカン美術館の物語です。この美術館、いや、正確にはバチカン博物館はとても素晴らしいです。前に亡くなったどこかの経済産業大臣が立ち入り禁止区域に思わず入ってしまうほど、国宝級の素晴らしいものでいっぱいです。

   

   

イタリアの他の博物館の例にもれず、入場するには、炎天下で長い列を作って待たなくてはなりません。この点、なでしこジャパンの選手のように鍛えられていない一般観光客は、150mの行列をみただけで、白旗をあげて帰ってしまう人がいました。フィレンツェのウフィツィ美術館やアカデミア美術館に行ったときもそうですが、日本人個人客はとにかく待てなくて帰ってしまう人が多い。日本のサービス業は素晴らしく、どこへ行っても、お客様を待たせない知恵と配慮が行きとどいていますが、この点、配慮がなくて大ざっぱな外国では耐えられない人がいるのも仕方のないことです。いずれにしても、予約があるということはありがたいことです。ウフィツィ美術館でも、コロッセオでも、バチカン博物館でも、ホリデイツアーで行程に含まれているときは、団体で予約してあるので、待たなくてもすむのです。

   

   

内部は屋外中庭も使って、宮殿風の館内を順路に従って進みます。「ラファエロの間」の様に知名度の高い部屋もありますが、「タピストリーの間」や「地図の間」のように個性きらめく展示場もあります。

   

「ラオコーン像」など、ギリシャ・ローマ時代の造形芸術も多く、ギリシャ・ローマ神話やトロヤ戦争などの背景を知っておくとより楽しいのは言うまでもありません。そのバチカン博物館でも、フィナーレを飾るように、最後のクライマックスとして出てくるのが「システィナ礼拝堂」です。ルネサンスの巨匠、ミケランジェロの偉大な作品である、「最後の審判」や天地創造のテーマの天井画があまりにも有名です。裏方さんや弟子のアシストはあったものの、基本的にはミケランジェロ一人で完成させた作品であることが当たり前のようになっています。ですが、ちょっと待って下さい。美術史家の評価としては、必ずしも統一見解ばかりではないのです。

   

システィナ礼拝堂制作構想をめぐるミケランジェロと、それをオーダーしたローマ法王「ユリウス2世」の確執はあまりにも有名です。ミケランジェロは天才ですが、誰よりもミケランジェロの天才を理解していたのはユリウス2世です。ミケランジェロは、気難しい人間嫌いで、また、おべっか使いをすぐ見抜いて全く相手にしませんでした。しかし、ユリウス2世の芸術的感性には共鳴するところが多く、ユリウス2世のミケランジェロ評価にはしっかりした論拠と深い芸術的感性に支えられていて、自分はこの法王様には「理解されている」と感じ、法王の説には一目置かざるをえませんでした。

   

法王は、実はキリストの生涯が中心に来るような天井画をイメージして、自分の構想を実現させるのはミケランジェロしかいないと確信し、制作を命じました。ところが、ミケランジェロは、絵画よりも、彫刻を得意として、彫刻で名声を得ていたので、法王様のイメージするような絵画なら、当時一世を風びしていたラファエロがいちばんふさわしいといって、断ります。法王様はミケランジェロと似たもの同志の頑固もので、ミケランジェロを最大限理解、保護すると同時に自分の命令には絶対服従を要求します。それと、法王様に追い風が吹いたのは、周囲のミケランジェロを良く思わない芸術家連中の誹謗・中傷でした。「どうせ、あのミケランジェロには、そんな壮大なスケールの絵画を完成させることなど、とうてい無理だ」という「風評被害」です。これに人一倍プライドの高いミケランジェロは反応し、「では、やってやろうじゃないか!」となって、結果として、引き受けることになるのです。ミケランジェロは、システィナ礼拝堂に足場を組み、天井すれすれのところで仰向けになって不自由な姿勢で絵を描くという難行を長くこなしました。システィナ礼拝堂の天井画制作は、1508年5月に始まり、1512年10月に終わります。つまり、4年半ほとんど休みなく没頭したことになります。

   

仕上がりは、法王様の趣旨とはずれた、壮大なスケールの天地創造の物語と最後の審判が主要テーマになりました。ミケランジェロもこうと決めたら、法王様の意向を無視しても、自分の感性と構想を優先させるような人物です。フィレンツェからわざわざ呼んだ弟子や裏方さんは、ちょっと気に食わないことがあるとすぐクビにしていたミケランジェロも、毎日のようにやって来る法王様の意見には耳を傾けました。法王様は、ときには、慰め、励まし、議論し、大喧嘩しました。つまり、本物の芸術を理解する妥協のない感性と感性のぶつかり合いの結果生まれたのがあの壮大な天井画だというのです。

   

「審判者キリスト」や「原罪」や「アダムの創造」などを見ていると、法王ユリウス2世の構想からははずれているものの、ユリウス2世なしでは完成しなかった、つまり、創造者は2人いたと考えるのが妥当だということが、美術史上で囁かれているのです。

   

   

完成したとき、37歳の働き盛りのはずのミケランジェロは、長年の消耗のあまり、年老いた老人のようにみえたそうです。ユリウス2世も、天井画完成を見届けるようにしてわずか4カ月後に永眠してしまいました。この意味でも、2人の共同による生涯をかけた力作と言われる所以です。この雄大な構想の天井画をぜひ一度見て下さい。
ホリデイツアーでは、バチカン博物館に入場するイタリアのツアーを1年通してずっと扱っています。

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