ホリちゃんです。日常忙しく、時間に追われている方にとって、時間を忘れることが「癒し」になります。そして、海外旅行の楽しみは、「非日常」体験です。分刻みに時間に追われることが「日常」とすれば、時間を忘れることが「非日常」になる。そんな体験ができそうな街が、アッシジなのです。イタリアのウンブリア州には、小さくても個性ある小都市がいくつもあります。中でも、ブドウ畑やオリーブの林、糸杉などを眺めながら行ける、丘の上の街、アッシジは特異な魅力を放っています。街中に一歩入り込んだとたんに、13世紀のイタリアにタイムスリップし、あたかもそこで時間の流れが止まったかのような錯覚に陥ります。

   

   

そんな個性的な街の現在の姿は、昔の修道院の創始者、サン・フランチェスコの生涯と深く拘わっています。サン・フランチェスコ大聖堂を「観光地」として見るだけで終わってしまうのは、もったいない話しです。

   

メインストリートは一本だけですが、脇道と合わせて、歩けば歩くほど発見があるところです。アーチ型の門をくぐってから、振り返ってみたり、階段を上がってから下を見たりすると時々、ハッと息を飲む美しさ! そんな歩きながらの写真スポットの発見にも事欠かないところです。

   

イタリアは、イギリスやフランスと違って、国が一つにまとまるのが遅く、ようやくまとまったのは19世紀になってからでした。11世紀から12世紀にかけて、イタリアにはコムーネとよばれる独立都市国家が多数乱立して、お互い、覇権争いをしていました。ウンブリア州の州都はペルージアという隣町です。こちらは、州都ですから、行政的にはミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマと全く対等です。しかし、多くの観光客が訪れるのは、アッシジの方です。アッシジのかつての富裕な商人の息子だったサン・フランチェスコは、当時の青年の嗜みである武芸に熱心で、「いつかは戦場で武功を立てる」という当時の青年らしい夢をもった若者でした。それが、宿敵ペルージアとの闘いで負傷し、敵に捕虜として捉えられてから、人生観が180度変わってしまったのです。もうそれは、回心と言っても良いものでした。裕福な父親が払った身代金のおかげで、開放されて帰って来てから熱病にかかり、生死の境を彷徨い、どうも、そのことが回心と深い関係があるようです。とにかく自分の夢である、戦場の勇士になるのでもなければ、父親が望んだような立派な商人としての跡取りになるのでもない、祈りと信仰、そして貧しき者への奉仕活動や救済活動に生涯を捧げると決めたのです。そして、彼に共鳴した聖キアラと行動をともにし、ローマ法王の認可まで得て聖フランチェスコ修道士会を創始するのです。

   

聖キアラは名門貴族の令嬢だったのに、周囲の期待とは全く逆の女性修道士として、信仰と奉仕の生涯をおくるのです。この二人は、聖人君子しかできないことを行ったために、後世、世俗的な意味でも「聖人」に祀り上げられるようになるのです。

   

旧市街の中心、コムーネ広場は、今でも、13世紀、聖フランチェスコが生きて活動していたときの雰囲気そのものです。

   

今でも、黒装束で縄の帯を締めた修道士に街で出会うこともあります。縄の帯の3つの結び目は、「清貧」「貞潔」「服従」を表します。丘の上にあり、急な坂や階段の多いアッシジの街は、歩くのは少し大変ですが、起伏と景観の変化を楽しめます。

   

  

そして、歩いていると映画の中にいるか、絵画の世界に引き込まれた陶酔感を感じることもあります。

   

   

   

宗教都市につきものの抹香くささはあまり感じることなく、そのような聖人君子が存在したこと自体、なるほどと素直に信じられる、それだけ聖フランチェスコの活動や生涯が、臨場感をもって体験できる魅力をもった街です。

   

聖フランチェスコ大聖堂の中に入ると、その生涯を描いたジョットやチマブーエの壁画
がありますが、小鳥にも説教をして、隣人愛を説いたという高潔な聖フランチェスコがまるで今でも生きているかのような感動があります。そして、アッシジの街を出る頃、確実に頭脳の洗濯を終えて心が洗われたような感想が残るのです。普段だったら、とうてい信じられず、うさんくさい疑惑に捉われる私達を納得させ、実際にあったに違いないと信じさせる力がアッシジにはあります。ぜひ一度、ホリデイツアーでアッシジに行ってみて下さい。

ブログランキングに参加しています。応援のクリックをぜひよろしくお願いします。

 にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へにほんブログ村

 人気ブログランキングへ