ついでに
今日読んだ金子大栄さん解説の「歎異抄」
の感想。
1931 金子大栄 「歎異抄 金子大栄校注」 岩波書店
「歎異抄」とは、浄土真宗の宗祖である親鸞の語録などをもとに直弟子の唯円が書いたもの。
鎌倉時代後期。
歎とは「なげく」ということ
歎異=異をなげく
・・・つまり唯円が親鸞の死語に現れた異説をなげいて親鸞の正意を伝えようとしているのです。
※繰り返しますが、私は宗教家ではありませんw
読んでの感想は
まず
とても人間くさく親近感のもてる教典だなという事です。さすが鎌倉新仏教。
高貴な坊さまだけではなく
煩悩にまみれていてまた難しい教典を読めないわれわれ凡人を救おうとしてくれているのがよく表れています。
そして
現代においても心打たれることが書いてあるな、という思いました。
金子さんの浄土真宗の教義の解説のところからの抜粋ですが、
善に誇らず
悪をはじ、
悲しみのうちにも喜びを見出し、
快楽の上にも反省せしめられる。
また、自ら我執を離れ、他の立場を了解する
これが大事であるそうですが、すごく納得できました。
現代でもこれって大事ですよねきっと。
善に誇らず
・・・正義を振りかざして人を傷つけてしまうってありますよね。
インターネットの世界ではよくあるように思えますが。
善を誇らないって謙虚さは恰好いい。
そして同時に
自分の悪にも向き合って恥じる心を持つ。
・・・これは基本。日本人の恥という概念って一見他人の目を気にしているだけに思えるて、そうじゃなくて自分の中での内省としての恥ってあるんですよね。もちろん他人の目もあるけどw
まあいろんな立場があり、いろんな価値観がある世界。
たとえ自分が正義と思ってやった事も他人には悪に思われる事もある。
お国のために一生懸命な兵隊も敵国にとってはただの憎悪の対象、悪魔。
身近な話だと、日常では何の気もない一言が人を傷つけたりすることもよくある話。
生きている限りまったく悪を行わないでいられる人はきっといない。
悲しみのうちにも喜びを見出し
快楽の上にも反省せしめられる。
・・・一方の感情に偏りすぎると良くないですよね。そんな時は鳥瞰的に自分をみてみる。
冷静になって自分を客観視することって大事。
自らの我執を離れ、他の立場を了解する
・・・自己中心的な考えにとらわれずに他人を考慮する。他の立場になって考えてみる。
戦争はどちらかが正義なのか、違う。さきも書いたけどいろんな立場からのそれぞれの正義の見方がある。
これは現代の構造主義に通じる考えであるように思えます。
親鸞の解釈を唯円が解釈し、それを金子さんが解釈、(ここまでは偉人)
んでそこから鳥頭の私が解釈している。
さて元の親鸞からはどれくらいのズレが生じているんだろうw
やば、寝なくては。
明日は路面凍結してますので歩いて通勤しなきゃ。ああ雪って面倒くさい。
今朝は子供のように雪に心躍ったのに、すでに童心は忘れました。