ここで、大事なことに触れていなかったことに気づきました。
それというのも、うちの母に東海道線の旅を書いていると言ったところ、
「じゃあ丹那(たんな)トンネルは見たのかい?」との質問をされまして・・・。
熱海まで行っておいて、触れぬ訳にはいかぬ。

海が見えない、海辺。あああ~。
丹那トンネルというのは、ワタクシ、この東海道線の旅レポを書き始めるまでマジで勘違いをしていたのですが、記事内でちょうど歩いている「熱海―湯河原」の間にあると思っておりました。
母に言ったら「え?違うのかい?」などと言われたので、私の勘違いの最大の原因は、母のようです。
かーちゃん、昔から小説のフィクション部分や裏付けのない解説とか、本やテレビが言ったら信じるタチだったものです。
大きくなった娘は、幼き頃から聞かされた、母の「思い込み」により刷り込まれた知識の修正に、今も奮闘しております。
だから記事を書くのも検索しまくり。
勘違いを事実として発信してはならぬ!
しかし、それでも間違いがあったならば、ご指摘くださると大変ありがたいです。

景色の方は民家が現れ始めまして、そろそろ次の駅?とかちょっと期待をしてしまいました。
道中の集落のひとつ、というところだったようです。
駅もまだ遠いので、各ご家庭にマイカー必須。
どの家にも駐車スペースがあるようでした。

こんなところにフランス料理のオシャレなレストランもありました。
漢字の略字でフランスを「仏」と書きますが、こちらは当て字漢字を全て看板に出しています。
かえってそれが、知的で素敵。
ちなみに「仏蘭西」で「フランス」

そうそう、丹那トンネルのこと。
丹那トンネルは熱海駅から西の、次の駅・函南(かんなみ)駅までの間にありまして、ただいま私のレポする熱海―湯河原間の反対方向です。
その区間にある山の中を東西に貫通していて、建設に16年もの歳月を費やし、多くの犠牲者を出した難関工事で、後世まで有名なトンネルです。

島が見えたよ~。
今度こそ初島か~?
・・・ちょっと自信はない。
丹那トンネルは総延長7,804メートルもある、長い長いトンネルです。
その上には牧場や農地などがあったそうですが、基本、山の中の険しい地形。
鉄道専用トンネルとして昭和9年に開通しまして、その後、東海道新幹線用に新丹那トンネルも開通しました。
新丹那トンネルのほうは、戦前に新幹線の元となる「弾丸列車構想」なるものがありまして、弾丸のように速い、という意味らしいのですが、そのための専用トンネルとして着工するも、第二次大戦が起こって戦況悪化のため、工事が中止になりました。
東海道新幹線のため、再び工事を始めて昭和39年に完成したそうな。
二つのトンネルは山の中で、約50メートルほど離れて並走しています。

ここはその、丹那トンネルの場所じゃないけど、おそらくこういった山々の景色があるんだろうなあと想像。
実際、ここもトンネル区間のようで、電車がさっぱり見えません。
家が現れたのは、ちょっとほっとするけど~。
熱海とか伊豆とか、こういった場所で思い浮かべるのは温泉ではないでしょうか?
ということは、水も豊富。
さらに富士山に近いということで、噴火した際の溶岩だの、一度超高温にされた土田のがあるわけでございます。
丹那トンネルの工事の際、この「水」と粘土質の「土」になやまされたそうな。
掘ったらすぐに水が湧き、すぐにあたり一帯ジャバジャバになってしまう。
時にはその水を吸った土がねっとり粘土状になり、これが特殊な土で掘りにくいし、時にはトンネルの中で洪水状態。
しかも時代的、さらに場所的に重機もなく、あってもろくに使えず、ツルハシでコンコンと手掘りするしかない場所が多かったそうな。



