ずんずん歩いてバス通り。
メインストリートであろうこの道は、だけど景色があまりにのどか。
長~く、時々緩いカーブのある道を歩いていると、今にも竜が空を飛んできそうな気もしたりして。
このあたりは高低差が出てきまして、道は緩やかな上り坂へ。
ただ、前出の北総栄病院へ行くには、このあたりのよこみちに入るのですが、線路を大きくまたいでそのまま丘の上に行く、というルートなもので、足が悪くて入院し、しばし通院も続けた母にはきつかったようです。
私はその時もう車を手放していたし、平日の通院に付き添ってあげられなかったので。
まあでも、だからこそ母は「自力で何とかせねば」とリハビリを頑張ってくれたのもあるらしいです。
直接のバスがないので、短い区間ですがタクシーも利用して、それなりに工夫してくれていたようです。
さすが母上様。
しばし行くと、分かれ道の案内がありました。
この先、県道18号線は二手に分かれ、線路を挟んで北と南をそれぞれ並走することになります。
とはいえ、北のほうの道はだいぶ線路から離れてしまうので、このまま道なりまっすぐ、南側の道を進むことにします。
その手前、お店がある~♪と思ったら、廃墟。
道中、何軒か閉店後らしい店舗の建物を見かけました。
ちょとさびしい。
だいぶ町はずれに来たので、お客さん少ないのかなあ。。。
行ったそばから、雑草生い茂る空き地なんぞが出てまいりました。
ここから県道は二手になるわけです。
この先左折すれば、栄町(さかえまち)の観光名所を通って成田空港へやや近いルートとなるのですが、私はそのまままっすぐ進みます。
ちょうど坂道になっているところの下に、線路があるはずなのですが、さっぱり見えませんね。
視線を戻しまして、では信号を渡りましょう。。。。っとと、そう思ったけど、よそ見しているうちに赤信号になっておりましたわ。
気をつけねば。
向こう側に見えるピンクの看板は、イオンモール成田の案内です。
私の母がほぼ毎週いっている、周辺の住民にはなじみのショッピングモールでございます。
イオン自体はどこにでもあるんだけど。
昨日の記事の最後にありましたバス停の行き先が「竜角寺台車庫」だったのですが、その名前の由来の「龍角寺」というお寺と、その名のついた地域は左折した先に広がっています。
地名のほうは「龍角寺」という難しい方の「龍」の字と、「竜角寺台」という「竜」の字を簡単な方にしている地名とがありまして、ちょっとややこしい。
そこにはイオンモール成田へのシャトルバスもありまして、多くの住民さんが利用しています。
やっと信号を渡って、お寺の龍角寺のある方向を眺めてみる。
この丘の向こうがその地域になるのですが、線路はこの手前の水田と、遠目に見える家々が並ぶ住宅街の間に走っています。
うーむ、電車が来てくれないと、わかりにくいですね。
さて、またこの印旛郡の界隈で「龍」の名の付く地名が出てきたわけですが、北総線の旅の際に地域の龍伝説にちょっと触れたのを覚えてくださっている方はいらっしゃいますでしょうか?
北総線の付近にあったお寺は龍のおなかの「竜腹寺」だったのですが、こちらにあるのは「龍角寺」。
見事に関連がございます。
龍角寺は関東地方で最も古い寺院のひとつだそうで、7世紀に建立されたそうな。
龍角寺のご本尊は国の重要文化財にもなっている薬師如来像なのですが、709年に竜の女性が現れて金の薬師如来像を祀ったのが創建と伝えられているそうです。
話が長くなるのでなるべく簡単にしてみますと。。。
731年のこと、釈命上人というえらい方が、国中の干ばつを救おうと雨乞いをしたところ、老人の姿をした印旛沼に住む小竜がやってきました。
そして、実は釈命上人を尊敬していたらしい小竜が、身をもって雨に代えさせてくださいと申し出ます。
雨はすぐに降りだしましたが、大龍の許可を得ずに行ったことから小竜は罰せられ、7日後に3つに分かれた竜の死骸が発見されました。
龍の頭が落ちたのがこのあたりで、龍角寺の堂下に埋められたそうな。
腹が落ちたところのお寺が竜腹寺、尾が落ちたところのお寺はもうちょっと東にあります匝瑳(そうさ)市の竜尾寺だそうであります。
匝瑳市は総武本線が走っている、九十九里浜の一角にあるところです。
頭の栄町とおなかの印西市は近いけれど、尾っぽだけはずいぶんと遠くへ落ちてしまったのだなあと、地図を見て思いをはせてみる。
わが身を捨てて、人間を間伐から救ってくれた竜さんに、地元民は感謝感謝です。
水があるから、実りの季節を迎えられます。
ふと見ると、水田横のビニールハウスの中には、植えられるのを待っている小さな稲がいっぱい。
すくすく育って、おいしいお米になってくだされ~。
この辺はコシヒカリかな。
まだ田植えどころか、代掻きもしてない田んぼもあったですよ。
ふと思ったのですが、しろかき、といっても何のことかわからにという都会の人や若い人もいるでしょうか?
代掻きとは、水を入れた田んぼを耕して、土を砕いて細かくして、田植えできる状態にすることです。
代掻きの前には、水を入れる前の土を砕いて肥料などをすきこむ「田起こし」という作業があります。
別工程で、ビニールハウスなどで専用の「苗代(なわしろ)」に種もみをまいて発芽させておく「籾撒き」もあります。
一つ上の画像にあったものです。
歩いたこの時は、今になって日照不足を心配する羽目になるとは思わないほど、あっつい初夏の日々でした。
もうすぐこどもの日、なのでこいのぼりが泳いでましたよ。
残念ながらこのように大きなものは、この日もここしか見られませんでしたが。
少子化や核家族や、いろいろなせいでしょうか。
広い庭のある農家でも、大きなこいのぼりを出すご家庭は少なくなりました。
場所によっては、電線にひっかかるかもしれないしねえ。。。
♪ ヒコーキ雲 フラワーカンパニーズ