そろそろタイトルが苦しくなってまいりました。
 
JRというのは、私鉄よりも駅間が長いところが多いので、なかなか次にたどり着けません。
 
我孫子駅から我孫子支線の次の駅までは、3.4キロ。
まだ東京に近いところにいるのにな~。
 
 
ちょうど、立派な日本家屋が並ぶ地域にやってまいりましたところで、まだやっていなかった我孫子市のご紹介を。
 
我孫子市というのは江戸時代には大規模な宿場町「我孫子宿」として栄えたところで、日光東照宮へと向かう水戸街道において本陣・脇本陣が置かれていました。
 
利根川による水運が栄え、風光明媚な手賀沼湖畔の景色を目当てに旅する人も多かったそうな。
 
それで、駅前の案内板や昔の写真などにあるように、明治の文豪や文化人などが多く訪れ、実際に住んだり、別荘を盛ったりしたそうです。
 
なので、「北の鎌倉」とも称されるところだったそうな。
 
 
日産の販売店の向こうに、教習所の建物が見えたので、ついパシャリ。
 
この向こうに線路が走っているので、きっと教習所のコースから電車が見えるに違いない。
 
私が通った成田自動車教習所からは成田線本線がみえたので、そのシチュエーションがつい懐かしく。
 
 
そんなわけで教習所の入り口から線路を狙ってみるも。。。まったく見えません。
 
ありゃ~、確かにこの向こうに線路はあるはずなのだが。。。
 
残念残念。
 
 
それじゃあ脇道から見てみようとしてみるも、かすかに向こうに高架か何かが見えるだろうか…?いや、見えない。
 
このあたり、線路のあっちもこっちも、住宅街が続いていまして、脇道に行っても抜けられないところが多い様子なのです。
 
なので線路からだいぶ距離はあるけれど、そのまま国道を進みます。
 
日本家屋が並んでいたのは、ほんの少しの距離でございました。
 
 
そんなわけで、すっかり住宅だらけとなった現代の我孫子市。
 
また出てきた道案内には、東へまっすぐ行けば、先ほどと変わらず「香取。印西」の文字。
 
しかし、北と南が変わりましたね。
手近にある目安のものを載せたようです。
 
南は手賀沼。
東西に長いこの沼は、我孫子駅のほうからまだまだ続いておりました。
 
ちなみに、手賀沼の西の端っこは、我孫子駅より一つ西隣の常磐線北柏駅の南側まで続いています。
なかなか大きな沼です。
 
そして、北へ行けば天王台駅。
 
駅、とつきますが、これは私が目指している駅ではありません。
 
我孫子駅から分岐した常磐線の駅になります。
 
 
向かいを見ると、バスが一台、脇道に入っていきました。
 
…と、思ったのだけど、脇道じゃなくてバスの営業所でした。
 
我孫子市は阪東バスという会社が運行しているようです。
 
私はこの時に初めて知ったバス会社なのですが、柏市や我孫子市、その先の我孫子支線の駅周辺などを主に走っているようで、な~んと本社は東京スカイツリータウンのなかにありましたよ~。
墨田区在住なのに知らんかった~。
 
なんでも、東武鉄道系列の、朝日自動車グループのバス会社だそうな。
北総を走っているけど、京成グループじゃないんだ~というのも、初めて知る。
 
京成と東部のライバル関係を、ちょっと感じたりしました。
 
元千葉県民とはいえ、私にはなじみのない場所だったもので、いろいろお初に知ることが多いです。
 
 
と、ここで、国道356ごうはまだまだ東へと続いておりますが、あんまりにも我孫子支線の線路から離れてしまったので、いったん北へ向かいましょう。
 
なので阪東バス営業所近くの交差点を左折。
線路近くの道へと行けそうなこの交差点、「天王台駅入り口」と申します。
 
このまままーっ直ぐ行けば、我孫子支線を乗り越えて常磐線の天王台駅の真ん前に到着です。
 
今回はいかないけど。
 
 
途中に近辺の地図があったのでパシャリ。
天王台駅へは行かないけど、地名はすでに我孫子市天王台。
 
天王台って、すごい名前ですが、その由来は謎です。
ウィキペディアさんをみたところ、歴史の項目が白紙のままだったのであります。
謎は深まる・・・。
 
 
住宅に交じって、いろいろと商店や事業所などが並ぶようになった通り沿い、また道路は我孫子支線を超えていくために上り坂になっていきます。
 
しかし私は超えたいわけではない。
 
なので、途中で道路の東側に現れた、下り坂へと向かいます。
 
 
坂をてくてくおりますと、目の前にやっと線路が現れました。
あーよかった。
 
このまま右へ曲がれば、線路沿いを歩けそうです。
 
 
大通りを西側へ行きたい人は、階段を上がっていきましょう。
 
この時にはすでに。大通りと線路のある地上はけっこうな高低差となっておりました。
階段があったので、大回りしなくてすんで便利です。
 
♪ 南風  レミオロメン