二日ほど更新を開けましたが、時は前回、北総鉄道北総線の終点に着いた日と同じ2月16日。
今日からは新しい路線のレポートを開始いたします。
とは言っても、正確にはすでに北総線の旅と被って、その路線をすでに歩いていたことにもなっております。
今回始めるのは京成成田空港線。
通称・成田スカイアクセス線と呼ばれている路線です。
京成電鉄でもっとも新しい路線であり、京成高砂駅から京成本線とは別の、北総線の線路を借りて進む成田空港までの路線です。
駅での乗り換え案内とかでは、「アクセス特急」とアナウンスされることも多いです。
北総線の運行と違うところは、印旛日本医大駅よりも先へ進むこと。
画像は印旛日本医大駅よりも東へさらに進んだ、京成成田空港線のみの線路になります。
印旛日本医大駅・・長いなこの名前・・・
まあともかく、その駅周辺は閑静な一戸建てが連なる住宅地。
こんな小道もあったりして、オサレ。
線路の向こう、南側には広々とした公園が広がっています。
「松虫姫公園」という名前でして、地名も「松虫」なのです。
実は印旛日本医大駅には「(松虫姫)」という副駅名がついてまして、線路の北側には松虫寺という由緒あるお寺があります。
さて、ここで歴史の授業を始めます。
松虫姫とは、何ぞや?
薄雲が出てきた中を、松虫姫公園を横目にてくてく。
線路を渡る橋が、だいぶカクカクしていますな~。
さて、松虫姫とはそのまま「まつむしひめ」と読みますが、奈良時代から平安時代にかけて生存していた実在の人物です。
奈良の大仏様を造ったことで有名な聖武天皇の皇女で幼名が松虫姫、大人になったら不破内親王(ふわないしんのう)と呼ばれた女性でございます。
駅を出て、2番目の端に到着。
ここから北東へてけてけいけば松虫寺があるのですが、今回は寄らず、線路沿いを歩く都合に合わせて橋を渡って線路の右側に移動してしまいました。
松虫寺は名前通りに松虫姫を祀っているお寺でして、伝承が残されているのです。
せっかくなので、松虫姫公園にも来てみましたぞ~。
東のはずれだけど。
ここは広場がいっぱいある公園という感じです。
実は松虫姫、年齢がいつかはわからないのですがおそらく少女で幼名だったころ、今でいうハンセン病を患ってしまいました。
手の施しようがないほどだったのですが、ある日、夢で託宣がありました。夢のお告げですな。
下総の国に、効験あらたかな薬師如来が鎮座するとのことで、これを信じた姫は、時代的には奈良か京都かどちらかわかりませんが、とにかく関西からはるばるこの地までやってきたそうな。
するとこの地域に夢に見た薬師堂があり、ここに庵を結んで一心に祈り続け、ついに全快したそうな。
父上である聖武天皇はとても喜んで、僧侶の行基(ぎょうき)にお寺を建てるように命じ、松虫寺ができたそうな。
行基は僧侶の位で最高位の大僧正となり、関西を中心に全国各地に数多くのお寺を建て、温泉を見つけたりもしたすごい人で、奈良の大仏造立の実質上の責任者です。
松虫姫光線の敷地から、進行方向を見てみる。
道の向こうは何やら土を盛って何やら造成中。
交差点ではやけにきれいな道路が東へ伸びています。
無事に病気も治った松虫姫は、その後、政治的な争いから夫を殺害されたり内親王の位をはく奪されたりまた復帰したりとか、波乱万丈な人生を送ったようです。
天皇が直接、政務を行っていた時代ですから、いろいろ陰謀渦巻いていた様子。
でも、せっかく大変な病気から復活した人なのだから、幸せだったのならいいなあ。
亡くなるとき、不破内親王は分骨を望み、現在も骨の一部が松虫寺にあるそうです。

