赤い道が上っていった丘が過ぎると、のどかな光景が現れました。
 
 
丘の裏側に、まだ枯れていた田んぼと、お屋敷のような日本家屋が並んでおりました。
 
日本の原風景という感じもします。
 
 
ここにきて、新道路もぺったりと地上に降りました。
しかし、前を見るとまた上り坂になっている。
線路のほうは高架のまま、上り坂のてっぺんでまた高さが並ぶようですねえ。
 
高架の右側も同じような、広々田んぼに農家がぽつんぽつんといったところ。
雑草もみんな茶色く枯れた季節、どこか物悲しい。
 
 
見えているのになかなか近づかないというのはきついもので、やっと上り坂に着いた時には、結構疲労困憊。
しかし行程、まだ半分。
ここでくじけるわけにはいかぬっ!
 
 
 
などと己を叱咤していると、がんばったご褒美のように景色が開けました。
 
川がありますねえ、道路も高いところに行ったのは、これを渡るためですね。
 
何川かな~と地図を見たら、本日楽しみにしていたスポットでした。
 
川というか、水路というのが正しいっぽいです。
 
以前に、京成本線の旅の際に印旛沼(いんばぬま)を紹介しましたが、あちらにあるのが西印旛沼。
今たどり着いたこの川は、その西印旛沼と、印西市と成田氏が隣接する北印旛沼をつなぐ水路です。
 
 
 
そこへまたやってきた、スカイライナー。
 
このスカイライナーを成田空港まで通すため、この道中には鉄道関係者の涙涙の物語がたくさんあるようですよ。
 
もともと今歩いている線路沿いは、成田新幹線の要地だったのですが、計画は昭和の高度経済成長期に始まっていたのに、実際に開通したのは平成に入ってから。
 
この北印旛沼付近をどのように線路を通すかというのも、いろいろ難しい問題があったようです。
線路建設自体に反対する、地元民も多くいたそうですしねえ。。。
 
成田空港には騒音や治安悪化などを懸念する、空港反対派とそれに賛同する一般庶民が大勢いました。
空港に関係することはとにかく反対!と、鉄道に関しても用地を売ってもらえないとか、障害があって計画は一度頓挫してますし。
 
今ここにスカイライナーが走っているのも、すごいことなのかもしれませんです。
 
 
印旛沼への水路はけっこう広い。
昔々の元の印旛沼はWの形をしていたそうですが、干拓がすすんで今では二つに分かれてしまった。
 
かつてはこの場所も「水路」じゃなくてそのまんま「沼」だったんだろうなあ。
京成本線の旅の時には西印旛沼の南側を通ったので、この水路には出会っていません。
西印旛沼から見ると、北東のあたりから流れ始めています。
 
 
もうちょと東へ進んで、北を見ますと、ようやく北印旛沼が見えてまいりました。
 
この区間のハイライトですよ~。
 
スカイライナーに乗っている旅人の中には、この景色に気づいていない人もいるんじゃなかろうか。
ちょっと離れていますからね。
でも、車窓からも見える景色です。通り過ぎるまでの、十数秒の間だけだけど。
 
 
そしていったん、道路は地上へ。
でもまた、上り坂が見えています。
 
線路は高架のままなので、ずーっと印旛沼が見えていることになります。
成田空港へ向かう下り線に乗ったら、ぜひ印旛日本医大駅からスタンバイして、見てほしいな~。
 
 
もひとつ坂を上ったら、また橋。
ここ子は実は、そう見えないかもですが印旛沼自体です。
 
北と南の二つの印旛沼は二つの水路でつながっていまして、画像のここは北印旛沼の南の端っこ。
それこそ漫画の吹き出しみたいな形をしているのです。
もう一つの水路はここから南につながっていて、高架の向こう側なら見えるんですけど、ここからは線路が邪魔して無理~。
 
ほんとだったら、キラキラできれいなんですけどねえ。。なぜこのタイミングで空が曇るかな!
 
♪ ロマンス  PENICILLIN