おなご二人で歩き出した都電荒川線の旅。
さっそく次の駅に着いたわけですが、駅間は500メートルしか離れていなかったのですよ、近い近い。
ただいま荒川線が走っている道路は都道8号線・新目白通りですが、この通りの北側には沿うように川が流れておりました。
当ブログではJR中央線の旅や京王井の頭線の旅の時などに出てきました、神田川です。
ここにも流れておったのか~と、初めて知る私。
そこに、このような説明版がありまして、パシャリ。
面影橋停留所のすぐ目の前に、その神田川を渡る橋がありました。
説明書きはこのすぐ横にあり、この橋の説明をしておりました。
この橋は停留所の名前にある、面影橋(おもかげばし)です。
一見、普通の今どきの橋なのですが、室町時代の名将・太田道灌(おおたどうかん)の逸話があるという、名所のひとつであったそうです。
「江戸名所百景」という浮世絵のひとつにもなっているそうな。
それよりも、気になってしまったのが川辺のこの光景。
川と道の間にあったのだけど、これ、木が自分で柵をゆがませて成長しているのでしょうか?
こんな状態の木と柵の箇所がいくつもありまして、自然の驚異をかんじました。
川との間に建物が挟まったので、普通に線路のほうに目をやりましょう。
大きな交差点に近づいたので、車が入ってこないように七日、線路がガードレールで囲われるようになりました。
現時点では、早稲田停留所からの進行方向は西北西。
東にある荒川区に向かうのですが、素直に真横に進むわけではないようです。
むしろ、斜めになったり、ぐるっと遠回りしたり。
なかなか複雑なルートを通って都電荒川線は進みます。
交差点のちょっと手前に、川の近くに行けそうな通路を発見。
しかし、ちょうど電車が来たもので、そちらは無視して交差点へ向かう私。
ここでは荒川線が右へ曲がりま~~す。
レトロな様子のこの車体、実は最新式らしいです。
歩道との間に踏切のバーとか何もないので、歩行者も十分気を付けなければなりません。
普通の電車より、かなり速度は遅いですけどね。
普通の電車が30分くらいで行けそうな全行程を1時間近くかけて走るそうな。
都電荒川線はそもそも、王子電気軌道という会社が敷設した路線を当時の東京市が買収し、
東の始点・三ノ輪橋(みのわばし)から赤羽(あかばね)までの都電27系統と
西の終点・早稲田から荒川車庫前の都電32系統として2路線として運行していたそうな。
赤羽は埼玉県に近いところで、今は路面電車はないですね。
車両が通り過ぎた後に、交差点をパシャリ。
この日はいい天気で、よかった~。
陰になっちゃって見えにくいですが、この交差点は明治通りと新目白通り。
線路がカーブしていったので、追いかけて私たちも明治通りに入ります。
方角で言うと北北東を向きました。
ほぼ直角カーブですよ。
曲がるとすぐに、神田川を渡る橋がありました。
こちらの橋は高戸橋。
このひらがな表記を見て、最初、「たかこばし」かと思ってしまったアホは私です。
おまけに、京成線のお花茶屋駅の由来みたいに、「このへんにむかし、たかこさんという看板娘が住んでいて~」などというストーリーを思いつきかけてしまった。
先ほどの交差点も「高戸橋交差点」でした。
新目白通りをそのまま行けば、数百メートル先にJR高田馬場駅と山手線の高架に出会いますよ。

