駒沢通りをてくてく歩くと、ほんの1分くらいでまた高架とご対面。
見上げた角度に明るいラインの銀色電車。
あー、ほんとに青空でよかった、と、この日は何回思ったことか。
それだけ、私的にはいい景色がいろいろ見られた日だったのです。
後ほどどんどん載せていきますです。
高架の手前に、何やら由緒正しそうなたたずまいの門がありました。
奥に日本風門構えがあり、さらにそれをガードするように頑丈そうな塀と門があります。
近づいて名前を見たら、美術館の出口だそうな。
誰も出てくる気配はないから、普段は使っていないのか、たまたまか。
五島美術館というらしいですが、なんか『五島』って聞いたことがあるなあ。。。
よく『後藤』さんなら見かける名字だけど、漢数字の『五島』さんて、珍しいような。。。
・・・と、しばし考えて、やっと気づいたのが『五島』さんって、東急の創業者の名前じゃないか!
以前に東急田園都市線の記事を書いた時も見かけましたが、そのほかに京王電鉄関連や京急電鉄などでも名前が出てくる。。。
はい、五島美術館は東急電鉄を創設した実業家・五島慶太氏の美術コレクションを保存展示するために、慶太氏の没後に東急と、「大東急」にかかわった京急、小田急、京王の各鉄道会社の出資で開館したそうです。
戦前戦後の激動の時代に財を成した、すごい人のコレクションとは、どんなものなのか。。。
しかし入り口は全く見当たらない。
そして線路沿いにも道がない。
必然的にまた大回りすることになりまして、坂道をてくてく。
建っているお宅がみんな、立派なんですけど・・・。
やっぱりこの辺、そういうハイソな街なのかも。
おしゃれな飾り物があったので、こっそりパシャリ。
とあるお宅にあったのですが、植木鉢が格子に下げられてて、それぞれ違う植物がお日様に当たって、きれいですよ。
狭いところで応用できそうな飾り方ですね。
狭い歩道に植木鉢を置きまくっている下町の人に教えてあげたい。。。
ということで載せてみる。
やっと横道があったので、そちらに突入。
このままこの坂を上ったら、どんどん線路から遠ざかりますからね。
千波のこの坂をクネクネしつつ上りますと、多摩美大があります。
造形表現学部なるものがあるそうですが、どんな内容なんだろう・・・。
今、美大もハイテクが入ったり、表現法がいろいろあるから新しい学部もどんどんできてすごいらしいですね。
どんな未来の巨匠がいるのだろう、ちょっとわくわく。
さて、私のほうは地図通りに行きますと、少し行くとあれがあるんですよ、あれ。。。
ちょっと角を曲がったら、あったあった。
中央に手すりが見えますぞ。
奥には線路がある向きなのですが、住宅に隠れてここでは見えませんね。
あれでした、階段でした。
道扱いの、階段です。
地図にもしっかり、階段表示がありました。
地図を読むのが苦手な人が、車で来たらちょっと悲劇。
つまり、丘の中腹あたりにいるということで、この辺は高低差がある土地ということになりますねえ。
階段上って上の道をさらに上って、橋にたどり着きました。
ちょっと趣のある欄干に、なにやら深い意味を感じる。何かは知らないけど。
この下には東急大井町線が走っているわけです。
やっと線路沿いの道もあったぞ~。
…が。そちらに行く前に。
気になったところを探ってまいります。
なので橋を渡って反対側へ~
やっぱりありました、五島美術館の表示。
五島美術館は五島亭の敷地の一部が使われているそうで、土地はもともと明治・大正期に活躍なさった政治家で華族の田健治朗(でん けんじろう)氏の邸宅があったところだそうな。
やっぱり高級住宅地だったんだな、このあたり。
現在の、あとで小分けに分譲されたのかもしれない一般住宅も、ワンランク上の優雅さがあるというか。
先を急ぐあまり、寄らずに見るだけで通り過ぎてしまったのですが、ここには五島慶太氏自身が創設した「大東急記念文庫」なるものがあるそうです。
美術館も国宝物のお宝があったりするそうで、ちょっと寄っていく余裕があればよかったなあと、ちょっと後悔。
私としては、源氏物語絵巻があると知って、見たかった~と思いました。
常設展示かはわからないけど。
最寄り駅は二子玉川ではなく、次の駅になりますですよ。
♪ パヤパヤ レピッシュ