つつじヶ丘駅の南側、正確には南東側なのだけど、しずか~なふんいきのまま通り過ぎる私。
 
 
 
道が少し下ったのか、西側の踏切では道と同じ高さだった線路が、いつのまにやら上の段に行っていました。
始発なのか、長らく止まっているしゃりょうをパシャリ。
 
つつじヶ丘駅は各駅停車、区間急行、快速、急行が停まります。
幾つか、始発・終点とするダイヤもあるようで、けっこう京王線の重要拠点の一つですね。
 
京王線にあんまり縁のなかった私も、この駅は初めから名前は知っていましたよ。
「京王線の駅」だったということは知らんかったけど。
 
ちょうどつつじのいい季節だったら、名前とおそろいで花がきれいに撮れたでしょうが、残念ながら訪れた時はまだ、早かった。
 
 
まー、でも、つつじはなくとも、この日は桜ですもんね。
この先もいっぱいみれるかも~と、ワクワクしながら進みます。
 
線路の反対側には国道20号線・甲州街道がすぐちかくにあるわけで、そのあたりまで商店やマンションなどでにぎわっているそうな。
 
カラフルな建物の付近にある踏切まで、ひとまず歩いてみます。
 
 
その踏切のところに、こんな案内板がありました。
 
さねあつ!
 
 
視力が悪い私、いきなり「実篤」の文字だけが目に飛び込んできて、ちょっとびっくり。
インパクトありますな。
 
この先の住宅街の一角に、明治から昭和にかけての文化的偉人で議員もやったという武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)が、晩年にこの辺りに住んでいたそうな。
 
没後にその自宅敷地と建物が「実篤公園」と「調布市武者小路実篤記念館」として存在しているとのこと。
 
ワタクシ小学生だった時、教科書に作品が一つ載っていた気がしたのだが、どうも記憶があいまいです。
「まほうづかい」とかいうのじゃなかったかなあ。。。別の人の作品だろうか??
 
 
とりあえず実篤氏はその程度の知識しかなかったもので、先を行くことに。
踏切を渡って線路の左側に行くと、なぜかこのような場所に来ました。
 
だんだん道が細くなっちゃって、とうとう舗装が無くなってしまった。
 
 
下を流れているのは、入間川らしいです。
ほとんどは地面の下にかくされた暗渠(あんきょ)だそうで、この京王線あたりでやっと顔を見せた流れらしい。
 
野川の支流だそうな。
 
そのまま線路に一番近い道を探し、住宅街をうろうろ。
みごとなさくらもありました。
 
おお、赤ちゃん連れてお散歩のお父さんも写ってた。ほのぼのですねえ。
 
この辺り、しばし真っ平らだった地形が終わって、坂道になってまいりました。
 
見つけたこの道は、長~い上り坂。
 
 
ふたつの花の共演を、見上げてパシャリ。
桜はよく見ると、葉桜になりかけておりました。
 
東京地方の今年は、桜の開花期間が早くて短すぎました。
ちょうどこの日が見どころ最終日くらいだったなあ。
 
ちょっと先へ行くと、今度は鬱蒼とした竹林があります。
しかし、いったどこから生えてる?
 
手前の竹が植わっているのは、道路よりも下がった位置にある地面からのようです。
 
真横に見た道路、ちょうど右側が上り坂になっているのが写りました。
 
 
その先は、こうである。
ひゃ~~、長いよ~~上り~~
 
このあたり、調布市でもだいぶ東に来たのですが、武蔵野台地の国分寺崖線の谷間だったらしいのです。
舌状台地という地形だそうですが、崖登りのような状態でかなりきつい坂を行きます。
国道の方はもうちょっと緩やかになるように整備されているようですが
昭和からの住宅街らしいこの辺りはたぶん、角度などは昔のままなのでしょう。
 
それでも上る、住民らしきおばあさんが頼もしい。
 
 
 
土地が急角度すぎて、一つの家の中に段差があるらしいことがわかるこのお宅、立てるの大変だっただろうなあと推測。
このあたり、道だけ見てると平衡感覚がちょっと狂いそうになります。
 
ローギアで上って行ったらしい軽自動車から、苦しそうなエンジン音が聞こえたのは気のせいではなかろうな。。。きっと昔の軽だったら、登れなかった角度に違いない。
 
 
 
私もヒーこら息継ぎしながら登ります。
 
途中、家のすき間から東を見ると、土手の上を走る京王線があります。
 
何だか、その向こうにも、高いところに家が建っていますね。
 
この区間は坂を上るのに必死で、あんまり覚えてなかったりして。。。
 
♪ 小さな決心 中山忍