虎ノ門駅を過ぎてすぐに、道の反対側を見たら東京タワーが見えました。



隙間の遠くにちょっとだけ、かすんでます。

ちょうどこの途中に虎ノ門ヒルズがあるらしく、さらに向こうは港区芝公園となるわけですね。
この虎ノ門も芝地域の一部です。北端に当たります。

ちょうど港区と千代田区の境を、港区大梅で進んできましたが、そろそろ港区ともお別れ。
表参道のあたりで渋谷区と別れてから、ほぼずっと港区を歩いてきましたから、結構な広さだなあと改めて感じました。

まあ、短い距離に駅がたくさんあるとも言います。



大通り沿いに見えた変わった一角。

ものすごく細いビルが連なっています。
最初は一つのビルの色をタテに変えてるのかなと思ったけど、どれもそれぞれ自立しているビルでした。

ビフォーアフターで作ったんじゃないかと思えるような、狭小ビルですね。
でも、タテに伸ばすことで部屋数が増えたのでしょう。
それこそ、鉛筆が並んでるみたいでかわいいかも。





ビルの谷間にちょっとした空間が開きました。
左のビルは新名所になるのかな?西新橋スクエアです。

おや、そのむこうに地下鉄入り口らしきものが・・・。



都営三田線の内幸町〈うちさいわいちょう〉駅でした。
奥の十字路で日比谷通りと交差してまして、三田線はその日比谷線の地下を走っています。

三田線といえば、2月に私が東京マラソンのコースをたどっていた時に見かけた路線です。

東京タワーのあるほうからここまで来たのですね。

三田線はここからちょっと北に行くと、ちょうど溜池山王=国会議事堂前から銀座線と道一つ向こうを平行に走っていた千代田線と並び、二つの路線は皇居の東側を通って半蔵門線の駅もありました大手町へ向かいます。

ああ、今回の銀座線を歩く旅だけで、どれだけ地下鉄の路線名が出たであろうか。
ほんと、複雑に入り組んでますね。
私もすべては把握してないので、地図を広げながらブログを書いています。


余談ですが、かつてはこの辺り、海だったのです。
日比谷入り江といわれていまして、その後江戸時代から埋め立てられて、大名屋敷となっていたとか。
ちょうど、元の陸地と海との境目だった場所ですね。
今では海ははるか遠く、電車で何駅か行かねばありませんよ。

内幸町駅は都営三田線単独の駅で、銀座線はその上を越えてます。



内幸町駅を越えると、目の前にはっきりとJRの高架が見えてきました。

そういえば、赤坂から来てJRに会うのは初めてだな。
JRがないところを、東京メトロがばっちりフォローして運航してくれてるわけですね。

ちょうど京浜東北線が止まっています。
いや、山手線か?

どちらにしろ、電車が止まっているのだから、そこはただの通過点ではなく、駅なのです。

まわりも庶民的な居酒屋やランチできる食堂系がたくさん。
雑多な雰囲気となった外堀通りを行くと、高架にたどり着きました。




ほんのちょっと手前で、右の道に入ってすぐに駅前広場に到着。

ここは新橋SL広場です。
正式には日比谷口なのですが、通称のほうが知られているかも。

特に関東のローカルニュース番組などで、サラリーマンの皆さんにインタビューやアンケートをしているのがここ。
この日は見かけませんでしたが、待ち合わせ広場でもあるので人はいっぱい佇んでいました。

あと、よく昭和の映像として街頭テレビに群がる人々の様子を写真などで見せるときの場所がここです。

この広場の一角に誰でも見られるテレビが設置され、テレビの値段が年収を上回った高価だった時代、人々は夢中になって力道山の試合などをここで見たのです。

その当時のテレビはもちろん小さくて、今でいう20インチあったかどうか。
実際、人気番組に大勢が群がったら画面を見られた人はほとんどいなかったんじゃないかと思われます。
それでも見たかったんですね。みなさん。

やがて値段もだんだん下がり、食堂や銭湯などで購入して客に見せるようになっていき、やがて各家庭にも普及して、街頭テレビは亡くなったのでした。

今は別の意味で街頭テレビ、というか映像だらけですけどね。

この新橋駅前にも大型ビジョンがビルの壁面でアピールしまくってました。

ドリンク剤のヘパリーゼの宣伝が、わざわざ「新橋のみなさーん」と呼び掛けております。



SLを前から見た感じ。
真正面には銅像があるもので、斜めからしか撮れない。

これはC11形蒸気機関車だそうです。
動くかどうかは謎。
ただ、日に3回ほど汽笛を鳴らすそうです。

その昔、ここは野外ステージと場外馬券場があったとか。



そのSL広場である日比谷口側のJR新橋駅はこちら。
京浜東北線が止まっています。

ここは言わずと知れた、日本で最初に鉄道の駅が開業した場所。
明治5年10月14日です。

くしくも、このブログを書いているのは15日でして、前日14日が鉄道記念日でした。
あら、偶然。

そのあたりはJRでの旅の時にでも詳しく書くとして、今の私の目的は銀座線。

銀座線の入り口はどこじゃ~。

実は通り過ぎたカドのビルのとこにあったぞ~、写真撮ってない~。



またちょっと左の外堀通りに戻りまして、JRの高架下をくぐります。

この新橋駅に止まるのは東海道線、京浜東北線、山手線、横須賀線の4つですが、新幹線の高架も並んでいるので、これまたガード下が長い、幅広い。

半蔵門線の旅で大手町を過ぎてJR高架下をくぐったときに走っていたのは北へ行く新幹線でしたが、東京駅のやや南に位置するこの新橋で見かける新幹線は東海道新幹線です。



日比谷口の反対側には新交通ゆりかもめや都営浅草線の駅入り口などもあるのですが、今回は割愛。

外堀通り沿いにちょっと行きますと、銀座線専用の入り口エレベーターがありました。

だいぶ新しいようで、ピカピカ~。

銀座線は最初に作られた分、いろいろ狭いのでエレベーターを設置するのも大変だったろうなとお察しします。

実はこの新橋から赤坂見附までは、当初は単線で走っていたらしいですよ。
いまは改良されてますけどね。

銀座線新橋駅の開業は昭和9年のことです。
当初の計画では今の形ではなく、南の品川方面への延伸が計画されていたそうです。
でも今はそのルートは、都営浅草線が担っています。

この最初の時の運営会社は東京地下鉄道で、別の会社である東京高速鉄道のほうでもこの新橋を起点に渋谷方面へ建設していて昭和14年に新橋駅が開業しました。

そこから、直通運転を開始したとのこと。

その後、どちらの運行会社も帝都高速鉄道に統合され、通称営団地下鉄の路線となりました。

営団地下鉄が名称変更して、現在の東京メトロとなった次第。


戦争中は、特にこの区間は空襲がひどく、銀座線自体も運休や折り返し運転をしたそうです。



ひょいっとお向かいを見ると、こんな建物がありました。

とっとりおかやましんばしかん。
鳥取県と岡山県が共同で出しているアンテナショップです。
二階がご当地グルメのレストランで、一階が名産品の直売所。

そうそう、この新橋から浅草、上野にかけて、各都道府県のアンテナショップがあるんですよ。
全部の都道府県があるかまでは知らないのですが、私が見かけただけでも半数は行きます。
この先、気が付いたお店のチェックもしていきましょう。

この鳥取岡山新橋館は先週、ラジオで開店1周年記念だと言っていた気がします。

実は翌日の11日にゆうじんのぷーさんと東京で会う約束をしていた私。
せっかくなのでお土産を見ていきましょう。



そして戦利品を撮りはぐりましたよ。

中にはお菓子やお酒などのほかに、生のお野菜なども打ってまして、今の季節のイチオシはこのマスカットらしいです。

ショーウィンドウには一緒に鳥取県のご当地キャラ・トリピーもいますよ。
このトリピーは20世紀梨の鳥らしい。
昨年、ふなっしーといっしょにフランス・パリで開かれたジャパンエキスポに出場していたので、ワイドショーなどで見かけたことのある方はいるのでは?

ぷーさんへのお土産は、彼女の子供たちにカバヤのお菓子詰め合わせ袋を買いました。
お菓子のカバヤは私も幼少から近所のスーパーで買っていたメーカーですが、実は本社が岡山市にあるそうです。

ちょっと懐かしくて手に取ってしまいました。

子供たち、喜んでくれたそうでよかった♪

しかし、詰め合わせということは、一つではない、複数である。

まだ先があるというのに、白いショッピングバッグが荷物に増えました。
うわーそんな重くはないけど、かさばって歩きにくいじゃないか~。

自らハンデを背負いつつ、続く。


♪  CANDY CANDY  きゃりーぱみゅぱみゅ