早雲山といいますと、休日はいつも観光客で大賑わいの乗換駅です。
だけど私が訪れた8月12日の朝は・・・。



と、いうわけでした。


この看板の奥にあるのがロープウェイ乗り場でして、職員さんが入るためなのか、なぜか少しだけシャッターが開いていました。
シャッターが閉まっているところ自体、初めて見ましたが。




こちらが駅舎の真正面です。
標高750メートルの位置にあり、ケーブルカーとロープウェイの乗り換え駅として毎年多くの観光客が訪れていた駅です。

この駅周辺事態には大きな観光施設は特になく、やはり乗換駅としての意味が大きいようです。

中には徒歩で箱根山を行こうという人や、ここまで車で登ってきた人がロープウェイに乗るために一時駐車をする駅ともなってます。



今は静かなロープウェイの発着場。
稼働時はここから、ひっきりなしにロープウェイのゴンドラが出入りしていました。

乗るときもたいてい行列してて、待たされたものです。



そのロープウェイのロープの下をくぐって道路へ出ますと、西へ向かう道はこのようになっていました。

この先100メートルのところに営業中の旅館があるようですが、用のない人はこれ以上行っちゃダメ。

本来、陸上で大涌谷から芦ノ湖へ向かうバスルートでもあったので、バスもすべて運行停止で止まっています。

私が見ている数分の間にも、同じように様子を見に来たらしき車の人が来て、写真を撮って去っていったのが数人おりました。



早雲山駅前に戻りまして、景色を見てみようかな。

止まっているバスは乗り合いではないようで、じきに下の道へ向かって去っていきました。


駅そのものをご説明しますと・・・。


この駅はまず、ケーブルカーの駅が上強羅駅として、1921年、大正10年12月に開業しました。
大正15年に早雲山(そううんざん)駅に改名。

途中、昭和19年に戦争のために運行停止にさせられ(不要不急路線に指定)、昭和25年に営業再開しました。

この不要不急路線というのが、乗客が少なめだったり、観光地だったりする鉄道路線が主に対象となりまして、指定された路線はレールなどの鉄材を政府にどりあげられました。

先週、木炭自動車を語った時にもちょっと触れましたが、戦争中はなんでも政府と軍優先。
バスの場合はガソリンを回してもらえず、鉄道はそのものが事実上の廃止にされてしまいました。

私鉄で戦後、復旧して運航できたのはこのケーブルカーくらいで、ほとんどは資金繰りなどから廃業に追い込まれました。

ただの運行停止じゃなくて、大事な車両やレールなど、取り上げられちゃって保証もなかったですから無理もなかったんでしょうが、非常に残念です。

箱根ケーブルカー復帰後、1959年、昭和34年に箱根ロープウェイが開業し、現在に至るようです。

当初は大涌谷(おおわくだに)までだったようですが、翌年昭和35年に芦ノ湖畔の桃源台(とうげんだい)へ全線開業しました。

乗車人員数世界一で、ギネスにも載っているとのことです。

登山鉄道は使わなくても、ロープウェイには乗りたいという人も多いでしょうからね。
今のゴンドラなどの施設は2000年代に架け替え工事がされた新型です。

こんなに長い間、運休を余儀なくされたのは初めてのことのようで、すでに今年5月から4か月止まっています。


私が訪れたときはとても静かで、この先が火山の危機に直面しているとはとても感じられな程。

まあ、地面から音がしたらその時点で相当まずいのでしょうけど。


駅前駐車場から臨む山々。
こちらは東向きです。

朝の太陽、そろそろ出たくなって雲の向こうから光ってます。



こちらは駐車場の反対側にひっそりとありました、山へのハイキングコースの入り口。

当然、徒歩でも入山禁止なので、ロープが張られています。

この道を使って大涌谷へ向かう人もたくさんいただろうに、人が入らないと荒れるのは早いですね。

雑草が生い茂って、このまま進むのは危険じゃないかと思うほどになっていました。



こんなにきれいなのにな、早く収まってくれないかな。

いつも訪れた時には人がいっぱいで人酔いするほどだったのが、あまりに閑散とした光景に変貌していてちょっと悲しくもありました。


しかし、この付近の旅館や料理屋さんなど、ほとんどは元気に営業中です。
空いてる今がねらい目かもしれないですよ。
こちらに旅行される方、この早雲山界隈も目的に加えることを考慮してくださいな。



なお、私が訪れた時のことをレポートしましたが、それから1か月近くたっています。
状況が変わっている可能性もありますので、御用の方は最新情報を検索なさってくださいね。


♪   箱根八里