田園都市線の旅、ラストに渋谷駅を目指している途中で、実はこの駅に寄っていました。

京王井の頭線(けいおういのがしらせん)の、神泉(しんせん)駅です。

この井の頭線も渋谷駅を起点としていまして、そこから500メートルほどしか離れていない駅です。



ちょうど電車が通りますよ~。
ピンクのラインがかわいい。

東急田園都市線の池尻大橋駅から渋谷駅へ向かうレポートで、神泉という名前の交差点の画像を載せたのですが、この駅はそこから近い駅になります。

その一帯は道玄坂という地域なのですが、渋谷駅を谷底として坂を上ってくる形になる土地で、とにかく坂が多い。
なのでこの神泉駅も、渋谷駅にとても近いけれど一定の需要があるのです。


実はこの駅、ある特徴があります。

画僧にある踏切に入りまして、駅を見てみましょう。




なんか、どーんと暗い圧迫感がありますね。

実はここ、トンネルの中にある駅なのです。
はるか向こうに出口の光が見えますよ。

その駅の反対側を見ますと・・・。



またトンネルだっ!

こちらが渋谷駅方面になります。

この神泉駅の大きな特徴がこれです。
地下鉄じゃないのだけど、出発してすぐは地下鉄みたいな作り。
坂の中腹にあるゆえの事情だそうです。


実はうちの母は若かりし頃、この神泉駅の近くで住み込みで働いていました。
なので渋谷の話をすると、たいていはこの駅界隈のことがまず出てきます。

神泉駅というとよく言っているのが、「駅のホームが短くて、電車が全部入り切れなかったんだよ」です。

この駅は1933年、昭和8年に帝都電鉄の駅として開業しました。
やがて会社は合併や分離を繰り返し、最終的には今の「京王電鉄」の「井の頭線」となったわけですが、時代とともに乗客は多くなり、それに伴って列車の連結数も増えました。

ところがこの駅、前出のようにトンネル内に作られた駅ゆえに、簡単にホームを長くできなかったのです。

それで長いこと、2車両分のドアを締め切って対応するという事態が続きました。

母曰く、電車が踏切にはみ出してて、車中で降りたいのにうっかりドアが開かない車両に乗っちゃった人が慌てて移動していることもあった、とか。

この事態は平成7年9月にホームを延長して解消するまで続きました。

だから今は全部の車両が無事にドアを開けられるわけです。

駅舎は翌年平成8年に取り壊し後の改良オープンしたそうで、まだまだきれいですね。


また、この駅はある意味で光と闇の象徴でもあります。


この駅の北側には、東京の高級住宅街の一つ、松濤(しょうとう)があります。

対照的に東側には、ラブホテル街で有名な円山町(まるやまちょう)があります。
戦前から戦後しばらくは花街として栄えたところでした。

芸者置屋や料亭などが撤退した跡地に、今どきのホテル街が出来上がっていったわけです。

母はその関係ではないですよ。
ただ、住んでいましたから、芸者さんや料亭の仲居さんなどの知り合いも多かったそうで、銭湯でおしゃべりしたりしていたそうです。

ただ円山町にも変化がありまして、ライブハウスのTUTAYA  O-WESTとEASTができて、健全なる若者も気軽に来る街になってきています。

そうかと思うと、普通に住んでる一戸建ての住宅街なんかもあったりして、いろんなものがカオスになっている街の駅ですね。


♪  Smells Like Teen Spirit   ニルヴァーナ