先週から駅の話題ばかりですが、ちょっとノッテきてしまったのでご容赦を。
いつも旅のお供はBL本。かばんにはふなっしー付きですよ。


まあそれと全く関係なく、今回も駅の話。

ある日、テレビにアサリ漁の映像が流れたときのこと。
母が言いました。

「このアサリは関東のじゃないね、白っぽいから。」

アサリというのは育つ海底の色で殻の色が変わるそうで、確かに画面のアサリは黒っぽい模様もありましたが全体的に白・・・というかクリーム色っぽい部分が多い。

母はさらに言いました。

「千葉県も砂浜は黒っぽいからね。だからアサリも黒いでしょう?」

はい、ごもっともであります。

「だから千葉(市)の方に、黒砂(くろすな)駅なんて駅まであるんだから。」


・・・・・・は?

そんな駅、千葉県にありましたか?

「あるのよ、私等はあまり縁がないけど、〇子が通学で使ってたんだから。」

〇子さんとは、母の妹さんで現在還暦も過ぎた叔母様・・・。

絶対私はこの人の血を引いてるな~と思えるほどに、立派な鉄道オタクの母上様。
そうそう間違ったことは言わないと思うのですが、私の記憶に「千葉市内の黒砂駅なんて駅」はない。

ただ、60年前の記憶も昨日のように語る母のことですから、ちょっと調べる価値あるかも・・・?


それで調べましたら、あったのですよ。


私も帰省でよく使う、東京東部から千葉県北西部を走る京成線。
私がよく使うのはその本線なのですが、支線に千葉線というのがあります。

どうやら黒砂駅というのはその千葉線の中の駅でした。

千葉線は千葉県内の京成津田沼駅(けいせいつだぬま)駅を基点として、千葉市を通って市原市のちはら台駅を終点とする路線です。
本線とは京成津田沼駅のみとつながり、途中、JR千葉駅などと乗り換えができます。

その千葉線の、千葉市稲毛区にあるのがみどり台駅。
これが、かつて黒砂駅と言われた駅らしいのです。

歴史は古く、大正12年2月に浜海岸駅として開業しました。

その後、近所に東京帝国大学第二工学部というのができたそうで、今の東大工学部ですね。
それで昭和17年に帝大工学部前駅に改称されました。

その後、昭和23年4月に工学部前駅に改称。

さらに昭和26年5月に黒砂駅に改称されました。

東大の施設なんて、あの辺にあったっけ?と思ってこれもちょっと調べたのですが、今は閉鎖されてます。

ちょうど戦中戦後にまたがって駅名が改称されてるところがミソでして、実はこの第二工学部というモノは軍事関係の研究をするところだったそうです。

施設自体は駅のある稲毛に近い千葉市弥生町にあったそうで、当時の大学長の発案で設置されました。
東京の本郷にある帝大本体にはもともとの工学部があり、第二ができたからそちらは第一と呼ばれました。

どちらの工学部も機械や電気、建築土木、造兵、航空などの工学関係の学科ですが、第二は軍事に特化していたということですね。
なので敗戦後には廃止されることとなったようです。

現在、跡地は東大生産技術研究所千葉実験所と、千葉大学弥生キャンパスになっているとのこと。

工学部があったから駅名を変えて、なくなったからまた変えたわけですね。

学校や会社がなくなっても、その名前を冠したままの駅やバス停も世の中に結構ありますが、さすがにこの場合は替えないとやばかったかな。

何でもとの浜海岸駅ではなく、新たに黒砂駅にしたかはわかりませんでしたが、確かにここは海が近く、砂浜は黒っぽいです。(濃いグレーですね)


黒砂駅になったのが昭和26年、その後昭和46年10月にみどり台駅に改称されました。

前出の、私の叔母がちょうどその期間に学生の年齢でした。
そして、私が生まれて物心つくころにはすでに現在の駅名に変わっていたのです。

これが私たち母子の記憶の違いに繋がったのですね~。
母も叔母が学生だった数年しか当駅を意識することなく、縁もなく来ましたから。

私はと言えば、すみません、みどり台駅自体、意識してなかった~ぁ。
これまた不思議と千葉線には縁がなく、乗ったことはあるけれと代表的な数駅しか覚えてなかったです。

ま、まあこんなこともあるさ!ということで・・・。


現在の駅の様子はと言いますと、

特に乗換駅の指定はないようですが、JR総武線各駅停車の西千葉駅が徒歩6分の場所にあり、乗り換え可能。
徒歩圏内に千葉大学や千葉経済大学などがある学生街で、みどり台駅の周辺は学生向けのアパートなどが多く、学生向けの格安食堂などがあったりするそうです。

 

千葉の海は黒い砂

黒いアサリがとれた

だから黒砂駅という駅があった

母の記憶は正しかった。
と、教えてあげたときのドヤ顔は見事でございました。


♪   TUNAMI  サザンオールスターズ