2011年以降、次の日の方が現在進行形で大変な日になってしまったために、最近メディアでの取り上げられ方も地味になってきたような気がするのですが、3月10かは東京大空襲があった日です。

今年で70年。

たった一晩で10万人もの人々の命を奪った、恐ろしい記念日です。

ちょうどその日、奇しくも最も被害の大きかったと言われる場所に住み、仕事をしている自分が不思議でもありますが、平日ですから多くの人はいつものように過ごしていました。

私も普通に会社で仕事して、普通に今から寝るところ。

でも普通に生活できることが奇蹟かもしれません。

70年も戦争をやっていない国は世界的に稀有らしいです。

その日、10歳になったばかりの私の母は千葉県の佐倉市に住んでいたのですが、西の空が夜だというのに夕焼けのように赤い様子を見たそうです。

何も知らなかった母やその姉妹たちは、時折見える火花や閃光に「花火みたいだ」と喜んだとか。

その赤い夜空の下で、何があったか知った時にはどれだけぞっとしたことか。

今年になって新たに分かった事実らしいのですが、東京大空襲の犠牲者には子供の数がとても多かったそうです。

すでに東京の多くの子供は何らかの形で疎開させられていたのです。

しかしこれも最近新聞で読んだ記事ですが、時が3月ということで、学校を卒業したりしていったん戻ってきた子供や、その子に会いに一時帰宅をしていた兄弟も多くいたようです。

学校での集団疎開の場合、学年ごとに疎開先が違ったりすることもあったので、同じ学校に通っている兄弟でも別の疎開先に離れ離れになることもあった様子。

そして卒業した兄弟は4月になれば新たな学校や勤め先、場合によっては志願して軍隊へ行くため、また離れ離れになってしまう。 その前に家族だんらんをしておこうという家庭もあったのでしょう。

下町を囲むように落とされた爆弾は人々の退路を断ち、多くの犠牲者を出しました。

今も子供たちが駆け回る校庭や、祈りをささげる神社仏閣、心を和ませる川辺も、すべて死体で埋め尽くされた70年前。

私は意識していなくてもなんとなく、東京のこの地に来てから、夜に隅田川を歩いて渡るのが苦手です。
意識したら確実に渡れない。 私の住む地の行動範囲はすべて、一度は焼けた土地です。
日本が戦争をしない記録がこれからもずっと伸びて行ってくれたらいい。 ココロからそう思います。

♪  東京ブギウギ    笠木シズ子