教えるという事 | 30m潜って3000m登り300km走破する地球Hunting日記

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人生とは、感動する事と見つけたり!
過去に見てきた聞いてきた体験してきた感動のあれこれ。
最近体験した感動の色々を綴っています。

いつも私がチェックしているブロガーさんが書いていた事なのですが、先日こんな事が書いてありました。


その方は、フリーランスの語学講師さんなのですが、企業契約の講習を満了した後、その社員の方たちから「自費でも良いので講習を続けられないか?」との申し出を受けたそうです。


なんとも、考えさせられるお話です。


業務命令なのか希望なのか知りませんが、講習に参加された方々が、自費でも勉強を続けたいという状況が、私には信じられません。

学生で金銭的に問題がないなら、または社会人でも何かその語学で実行しようとする目的でもある人なら、自費で語学を学ぶ人は幾らでもいるでしょう。

が、しかし、1クラス何人居てその内何人が自費講習を望んだのか分かりませんが、多数の方が望んだ風に読み取れます。


と、言う事はですよ。

普通に仕事して、疲れて帰って、余暇さえあれば休みたいと考えている方々が、仕事で使う以外に何に使うか分からない語学を、自分の時間とお金を使って学ぼうと考えた人間が複数人居た事になります。


正直、私にはいったいどうすると、こういう結果になるのか想像が付かないのです。


「学ぶ」と言う事は、少なからずモチベーションが要求されます。

自身が元から望んで学ぶ意思があるのなら、意識改革の必要が無いから、自費を払って学ぼうと考えることもあるでしょう。

しかし、この場合、企業で開催されているので、生徒さんのみんながみんな「学ぶ」モチベーションを持ち合わせていた訳ではないはず。

で、あるなら、その内の数人は、学習中に意識改革されたはずなのです。


私には、未だにモチベーションを持ち合わせない人に、やる気を起こさせる手段が分からないのです。

と言うより、そういった手段を必要としなかったと言うべきでしょうか?


大学時代、教育学を概論的にではありますが、学ぶことが出来ました。

その時の知識からすると、教育とは今で言うところの「教育」とは分けて考えねばなりません。

というのは、教育学で言うところの教育とは知識の伝達であって、今で言うところの教育とは、躾やマナー道徳まで含んだものを言うからです。

本来、学校教育とは、知識、技量の伝達の場であるはずで、今の親御さんが望むような育児丸投げみたいなモノは教育とは言わないはずなのです。


今、私は会社のメイン工場で生産に携わっています。

その関係で、新入社員が生産の場に研修としてやって来る訳ですが、彼らに知識と技量を引き渡す時、いつもネックになるのがこの「やる気」「モチベーション」になるのです。


研修にやってきた社員の殆ど9割位は、ペンとノートを持参しません。最初から受身で何かを教えてくれるまで待っている、何も指示されなければ仲間内でずーっと喋って時間を潰しています。

そこには、研修の間も給料が支払われているという自覚は微塵もありません。

やる気があるのか?と問うと99.9パーセント「ある」と答えます。

彼らにとってやる気とは、言われたことを自分なりにやる事を指します。

ここを誤解すると、いつまで経っても新人と我々の間の溝が埋まりません。

その溝を理解した上で、社会人としての、また企業人としての姿勢や自ら学ぼうとする意識、自分で観察し考える力、自分の目標みたいなものを新人に意識させる必要があります。


私は、未だにこの事に成功した事がありません。

私の教えた事に理解を示す新人は、予め社会人としての意識が出来上がったわずか1割程度の社員(40人入社すれば、4人程)だけで、流されて社会人になった学生気分の抜けない新人達の観念を覆したことがありません。


望ましいのは、これら養われてきた学生達の観念を覆し、今後は資本主義社会の中で、その主義を全うする考えの下に、個人の目標と企業の目的を調和させ仕事に従事するような事ができると良いのですが、これはあくまで私が考える理想です。


実際には、資本主義の何たるか?など死ぬまで考えず、ただ学生でいられなくなったから仕事をし、そんな彼ら(彼女ら)は何となく子供作って結婚し、ローン組んで仕方なく更に働く...そんな社員になって行くのが大半です。


仕方の無いことですが、毎年これを見るたびに、自分の無力感みたいなものが押し寄せてきて5月~9月位は憂鬱にさせられます。

新人は、凡そ一ヶ月単位で入れ替わります。

二人一組でやってきて一ヶ月経つと、いなくなって行きます。

それゆえ、私のところへ来たら、徹底して考える事、覚える事をさせます。

その大半は、安全への意識と手順です。

一ヶ月間新人に質問し続けます。

正解が出るまで決して先へ進まず、答えも教えず、自ら考えて意地でも答えにたどり着かせます。


結果、モチベーションの有無に関わらず、教えた事の何割かは習得して去って行きますが、彼らが私の所を去った後、考える事を続けているとは思えません。


恐らく、元の指示されるまで動かない考えることを放棄した新人に戻っていることでしょう。


教育と言う観点から言えば、知識、技術の伝承として、必要な事を詰め込む事に間違いを感じてはいないのですが、「やる気」や「モチベーション」の向上が無い限り、そこから先は無いのも確かです。

どうしたら、「やる気」を持たせる事ができるのか?

個人によって違うのかもしれませんが、新人全体としての傾向みたいなものは感じます。


今まで、最初から望むべくも無いと思っていたことでしたが、こうして実践し結果を残した方のブログを見ると、可能性みたいなものをついつい考えてしまいます。

まあ、プロの教育者でもない、ただの平社員の私がどうこうできる問題でも無い気がしますが、突破口があるような気もします。


あと一ヶ月もすれば、また新入社員が入ってきます。

正直、憂鬱な気にさせられます。

あの無力感は、正直精神を酷く破壊します。

なんというか、賽の河原で石を積む感じでしょうか?


今年は、なんとか私も結果を残したいものです。