アダルト・チルドレンが、その空虚感を脱したくて
幸せになりたくて、スピリチュアルに活路を求めるのは危険だ
宗教もそうだ
克服してその先にスピリチュアルが出てきたのなら良いが
そうでなければ、
自分を奇特な状況から解離させた妄想の延長であるからだ
正直、宗教はわからない
世界平和と称して宗教に打ち込むのは
自分の泥沼のような渇望感を必死にコントロールしているようで
目をそむけたくなる
自分にもそういう素養があるからかもしれない
僕は宗教ではなく、スピリチュアルに囚われること幾数年、、
浮いては沈み、浮いては沈みを繰り返した
一人でいろんな本を読み
神かあの世か宇宙からか・・・
なにか自分を大きく変えるメッセージを求めて翻弄され続けた
もう何回も繰り返した 何年も繰り返した
でもいつもいつも朝起きたら同じ地点から一歩も進んでいない
心もお金も周りの人も状況なんてなにも変わることなんてなかった
しまいには、ある日突然神様とお話ができるようになりました、
とか幸せそうにうそぶいている連中に猛烈に腹が立ちました
(そういう人の本を読み漁ってたにもかかわらず)
だって、そうでしょう、自分もある日突然を期待して5年も10年もいるのに
何もないんですから、幸せな連中に幸せを見せつけられてるだけだった・・
みたいな感情が吹き荒れるわけです
とか言いながらしばらく遠ざかってみるものの
また何ヶ月、何年からしたらスピリチュアルなものを求め始める・・・
みたいな
嫌いじゃないんですね、
依然として漠然とした不安と空虚を持っているけど
ひとっ飛びに変えてくれそうですからね、スピリチュアルは・・・
でもでもでもでも
やっぱり、そんなものでは解決しない
もう壮年の域に達するというのに
解決しない好転しない
なんで?????
なんで?なんで?????
で、
幽霊のひとつも見たことのない自分にとって
そんなもの求めてても全然方向が違ってるぞ
『絶対!』
と思い始める訳です
で、数年前から、もっと現実的な解決策を探し始めることになりました
別に期待して始めるとか、そういうわけではなかったので
もう、ゆっくりゆっくりですけど
現実に即した心理学の先生なんかが書いてるような巷の本を読み始めました
とりあえず、きっかけは、妻から聞いた「加藤諦三」先生あたりからです
また、平易なところでは「心屋仁之助」さんとか
この方の「人に封印されている本当の言いたいこと」をつぶやかせる術で、
なんかスピリチュアルじゃない(前世とか、開いてるとか開いてないとかじゃない)ところでの
人が不幸であり続けることの核心というものがあるかも・・というきっかけを持てたかもしれません
今日はなんかもう書くの疲れたので、あれですけど
アダルト・チルドレンにとって、アダルト・チルドレンの状態を継続している最中の人間において
スピリチュアルは、埋まらない渇きへの刺激と同じです
アル中、ギャンブル依存、変な彼氏彼女への固執
程度の差こそあれ、あまり変わらないでしょう
それよりも自分という人間が形成されてきた家族というものを見つめなおした方が良いです
僕はこれから、そうしてみます