グロテスクな写真をシェアする人が戦争を起こす!? | Charoのブログ

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友人が興味深い記事をシェアしていました。

私としては、賛成の反対なのです。

その記事を要約すると「例え、現実に起きている事実をしらせなければ!という使命感でしたこととはいえ戦場の死者等グロテスクな写真を何の警告もなくシェアしてしまうような人がいる。普通に生きている人はショックを受ける。そうした、友人達にさえ気遣いの出来ない自分勝手さが戦争の根源にあるのだ」という批判的な内容でした。せめてシェアのする時に【閲覧注意】など各気遣いが必要だ!とも言っています。

この記事の内容は正論で、シェアする時にはそれを見る人の事を考えなければなりません。日々の生活に追われていたり、楽しく生きている人達の生活をむやみに害する権利は誰にもありません。もちろん世界中の皆が世界の出来事に関心をむけたり貧困の問題を考えたり戦争反対を掲げたら世界は住みやすくなるかもしれません。でも彼らを責めるのはお門違いだし、はっきりいって世界中の人が「いい人」になるのは不可能ではないでしょうか。

もちろん、その現状を変えようとして世界で起きている事を見ろよ!!なんとかしようぜ!という怒りももっともです。理屈的にはまあ良いような気がします。ただ、楽しく暮らしている人を批判したら、誰も共感してくれないでしょう実際。例えば日本人、海外に行った日本人が日本社会で生きている人達を裕福で自分の社会にしか目を向けてない!ということがあります。しかし日本社会の事を理解せずにそんな事を言って誰が共感してくれるのか?皆苦しんでいるのです。苦しみは比較すべきではないのです。相手を理解するように務める、また、多くの人の共感を得るためにしっかり考えてみたら良いと思う。

逆に、グロテスクな写真や事実を知ったり聞いたりするのが嫌な人。さっきの例で言えば日本社会の人。確かに、日々疲れているかもしれないし自分の事で精一杯かもしれない。FB上でくらい気楽に居たいと思う人もいるかもしれない。でも、出来る事ならほんの10秒、ほんの20秒しんどいかもしれないけど時間を下さい。確かにあなたにとっては僕も戦争の被害に会っている僕の友達も関係ないのかもしれない。でも、ほんの少しのサポートでも下さいと言うのが本音。

双方が少しずつ歩み寄ったら良いだけなんだよ。友達がシェアした記事に書いてあるような単なる批判ではなくて、拒絶ではなくて歩み寄ろうよ。意味ないじゃん、ただの批判じゃ。先に進まないじゃん。批評家になったらだめってそういう事なんだな、だって何の進歩も生み出してないんだもんね、、、と思った今日この頃。