大きな揺れがすでにおさまりつつあるけど、まだユラユラと

常に揺れてる。


私が仕事をしていたフロアはすでに停電となり薄暗く、

周りを見渡しても、いままであった机の上のものは

いったいどこへ?と不思議に思うくらい無くなり、かわりに

誰かのファイルや事務用品が散乱している。

足の踏み場もないって、こういうことだなぁとおもいつつ。


とにかく、これからどうする?

自分に「落ち着け!」と言い聞かせても心臓のドキドキが

止まらない・・・なにをすべきか・・と考えていると社内放送が。


全員、会社を出で近くの指定の避難場所に移動することに。


まずはロッカーに自分の荷物を取りにもどり、携帯でみんなに

連絡を取ろうとするけど、すでに回線がパンク状態なのか

ぜーんぜん、つながらない。


しょうがないから、言われたとおりみんなで外に出て避難場所に歩いてみる


外にでると、地面は隆起して、ところどころ陥没箇所もあるし、ビルの窓ガラスが

あちこちで割れてる。


信号機は機能していない為、横断するときは大人数でイッキにわたる


でも、この時点では大きな地震が来て建物が倒壊してたりするんだろうなぁ

と想像をするぐらいでした。


まさか、このときすでに私達の町を大津波が襲っていたなんて・・・


情報を遮断された私達は、考えもできませんでした。











そろそろ春なのに、最近はすこし寒いなぁと感じていた

3/11は金曜日で今日1日頑張れば、明日は休みー!!って

職場のみんなで話していました。


お昼も食べ終わり午後からの仕事にバタバタと追われ

パソコンの前にすわっている、そのときにグラグラっと

大きな揺れ。


ちょうど2.3.日前にも若干の大きい地震が宮城県に

来たところ。

私のいるフロアは5Fだし少し大きい揺れに感じるのかな、

なんて思っていました。


揺れはどんどん大きくなり、私は椅子に座って机につかまっていました。

30秒ぐらいの揺れが少しおさまりつつあったその直後、第2波の揺れが追いかけるように、

今度は立って居られないぐらいの大地震。



このままじゃ、危ないとみんな無意識のうちに机の下にもぐりました。

泣き出す女子やあちこちで悲鳴が。

同時にバタバタと書類棚の扉が開閉される音、フロアの窓がロックをかけてるのに

勝手に開いてしまい、今にも外に落ちそう。

ガラスの割れる音や、天井の点検口が床に落ちてくる。


フロアの照明はチカチカッと何回か点滅後に真っ暗になり、

この時から宮城県は停電になったんですね。


私は自分自身に「落ち着け、落ち着け!」と言い聞かせ

必死で周りの状況を把握しようと、机の下にもぐりながらも、ちょくちょく頭を上げて見回したり

隣の人に声をかけたり・・・

床にペタッと座っていても、何かにつかまってないと転げてしまいそう。


でも、揺れはまだまだおさまりません。

大きな揺れは第3波・・・第4波と襲ってきます。

「ぜんぜん、揺れが小さくならない。これはいつもの地震じゃない。大変なことになった!」

と、まだ揺れの続いている最中感じた事を記憶してます。









3月11日から1ヶ月以上が経ちますねー。


実は私の住む町もまさに宮城県です。


あの日の出来事を振り返ろうとすると、今でも恐怖で涙しょぼんが出できます。


毎日普通に出来てたことが・・・毎日普通に使っていたものが・・・毎日普通に話していた人が・・・・

あの時から一瞬で無くなってしまうこと。


きっとこの先、みんな自分には起こらないと思っているかもしれない。

わたしも思ってたし。

もし起きたらきっと大変だろうなーぐらいにしか思ってなかったし。


だから、いま出来ることを考えて生活していこう!という思いを込めて

みんなに読んでもらえたらなぁ。