そのあおりを少なからずうけるのは、あってもなくても生活できてしまうエンターテイメントの分野だ。
もはやエンターテイメントの世界も、それを受容したとき、その人にとってためになるものでなければ、もう通用しないかもしれない。
パンと水と同じぐらい活力を与える、エンターテイメントにも、本質的な部分で、それぐらいのパワーが必要だ。
人々が切実に生きている時に、自分側に表現が向いているのであれば、人々はそれに耳を貸さない。
赤ん坊は自分では何もできないので、笑ったり、泣いたりして、自らの状態を表現する。
彼らにとって表現し、伝えることは自らの生存に関わる問題だ。
表現したものが伝わらないと意味をなさないという点で、赤ん坊は、いいモデルケースだと思う。
単に表現手段に目を向けるのではなく、どう受容され、それがどう人々に影響をもたらすかを、深く考えるべきだ。核となる部分、それはメッセージだ。
投げっぱなしの表現で、『観客のみなさん、これに意味や、メッセージを感じでください』というのは、もう通用しないと思う。
自分の抱いた感情や気持ちをアウトプットする意味をもう一度考えてみよう。
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